悪役令嬢、再び!
そんなこんなで日々は過ぎ。
いよいよ星祭りの夜会を明日に控える頃には、依那のダンスや立ち居振る舞いは、見違えるほどに上達していた。
とはいえ、練習がハードなことには変わりない。
「あい……たたた…」
優雅そうに見えて、ダンスって結構ハードだと実感する。普段使わない筋肉使ってるのか、変なとこが筋肉痛だ。
ダンスはペア競技だと思い込むことで克服――二人三脚だと思えばいい――し、礼儀作法もなんとかなる。
あとは……
「みっともありませんこと!それで明日は大丈夫ですの?」
聞き覚えのある声に振り返ると、何やら特大の本を抱え、ふんぞり返ったイズマイアがいた。
「なんだぁ、イズマイアさんかぁ……」
「まっ!失礼な!なんだとは何ですの!」
サットン夫人の抜き打ちチェックかと慌てた依那は、相手がイズマイアだと判ってホッとする。が、イズマイア本人はビシっと扇を突き付けて憤っている。
「あー、ごめんなさい。サットン夫人の抜き打ちチェックかと思って」
「サットン夫人の?…ま……まぁ、仕方ありませんわね。夫人は王室付きの作法教師ですもの」
そのまま扇を広げて口許を隠し、じろじろと値踏みするイズマイアを、依那はぼーっと見つめた。
しっかし、この人も神出鬼没だなぁ。王宮のこんな奥なんて、一般人は立ち入り禁止だろうに。
あ、大臣の娘なら、一般人じゃないのか?
「……なんですの?」
「イズマイアさん、ここで何してるのかなあって」
するっと思っていたことを口にすると、イズマイアはうっと詰まった。
「わたくしのことはどうでもよろしいでしょう!それよりあなた、ダンスは上達しましたの?!作法は?最低限、ドレスでも動けるようにはなったみたいですけど」
依那の着ている練習用のドレスを見て眉を顰める。
「…ちょっと、悪趣味ですわね。お飾りが過ぎませんこと?」
「ああ…これ着て踊れれば大丈夫だってアル…ツール殿下が。装飾多くて一番動きにくそうなのを、練習着にしてます」
「そうですの。殿下はダンスもお上手ですから、せいぜい殿下に恥をかかせないよう、頑張りなさいな」
「……はあ…」
お上手すぎて、素人には無理なレベル要求されてますけどね!!
内心で愚痴をたれていると、イズマイアはちょっと目を泳がせて、咳払いをした。
「それで?作法はサットン夫人がいらっしゃれば大丈夫として……あなた、外交の知識はおありですの?」
「外交……」
言われて、はた、と気づく。そう言われてみると、国際情勢とか全然知らない。むしろ、隣がなんていう国かも知らない。
「まったくない……ですね」
「なんですって!?」
馬鹿正直に答えると、イズマイアは悲鳴を上げた。
「ああ…なんてこと。いくらフォローするおつもりとはいえ、アル殿下もオルグ殿下も暢気が過ぎますわ」
白く細い指先で額を押さえ、ショックのためかよろめくイズマイアを支えようと、依那は慌てて手を伸ばした。その手をがしっと掴まれる。
「ちょうどよろしいわ。ちょっとあなた、すぐにソータ様をお呼びして。聖女様はこちらへいらしてくださいな!」
通りすがりの小姓に用事を言いつけ、イズマイアは依那の手をぐいぐい引っ張って歩き出す。
「え?ちょっ……ちょっと!イズマイアさん!?」
「お黙りなさい!」
抵抗も一喝され、依那はイズマイアに連行された。
……あたしのごはーん!
昼食がまだですとは言いだせるはずもなかった。