息抜きなのか、イジリなのか
騎士団の皆さんは、王家のみんなが大好きなのです
宣言通り、翌日からダンスと礼儀作法の特訓が始まった。
レティと颯太も加わり、意外とスパルタだったサットン夫人と、アルにしごかれることとなったのだが。
「……あああああ~~~~…」
情けない声を上げ、依那は修練場のベンチにひっくり返る。
週2回の格闘術練習。まさかこれがオアシスになる日が来ようとは。
「どしたい、エナ。情けない声出して」
「アデリーナ~~~」
覗きこむアデリーナが冷たい水の入った陶器のカップを渡してくれる。
「……もう死にそう。というか、殺されそう」
「はぁ?アンタ殺せるような奴がいるのかい?」
起き上がった依那の隣に座り、アデリーナは自分の水を豪快に飲み干す。
「アデリーナさぁ……ダンス踊れる?」
「はぁ?」
唐突な質問に、アデリーナは素っ頓狂な声を上げる。
「いやさ~……今、特訓されてるんだけどさぁ。ダンスと、作法と、……まぁ、いろいろ」
「……聖女様ってのも大変なんだねえ~」
ぐだぐだな依那に、アデリーナは首をかしげる、
「まあ、……酒場やなんかで、みんなで踊ったりはするね。でも、アンタが習ってんのは、アレだろ?お貴族様が夜会とかで踊るような。そんなの、アタシが踊れるわけないじゃん」
親しくなってから聞いたところによると、アデリーナは北方の、傭兵を生業とする村の出身だそうだ。アルたちの魔物討伐に協力した縁で、王国騎士団の闘士になったらしい。
つまりはド庶民。仲間だ!!
「じゃあさ、その………淑女への挨拶ってのは、されたこと、ある?」
「ああ?なんだい?そりゃ」
「手にチュー、ってやつだよ。…ですよね?エナ殿」
組手の順番が終わったらしいケヴィンが隣のベンチに座って話に入ってくる。
「でしゃばんじゃないよ、ケヴィン!エナとは今、女同士の話をしてんだから!」
「えー?女?エナ殿以外にどこに女が~?」
「上等だ、表出ろ!」
「すでに表ですぅ~!」
子供みたいな言い合いをする二人だが、仲が悪いわけではない。
先日も、どっちが依那の一番弟子か、で大騒ぎはしたものの――結局、先に投げられた自分が一番弟子だとケヴィンが押し切ったらしい。……だがそーすっと本当の一番弟子はキミらの王子様になるんだが……それはいいのか?騎士団よ――少しすれば仲良く馬鹿話に花を咲かせている。
「で?挨拶がどうかしましたか?エナ殿」
「うん……ちょっと、ケヴィン、アデリーナにやってみて?」
「えっ?」
アデリーナに追いかけられて逃げてきたケヴィンに話を振ると、彼は真っ赤になった。
「え?え?俺が?この暴力女に?」
「なぁんだってぇ?」
「あいたぁ!」
さっそくアデリーナにどつかれはしたものの
「まぁ……エナ殿のお言いつけなら」
と、少しためらいつつ、彼はアデリーナの前に跪き、彼女の右手を取って手の甲にキスした。
「……へえ……」
ちょっと目を見開き、アデリーナは照れ臭そうに笑う。
「これが淑女への挨拶、ってやつかい。ちょっとくすぐったいけど、悪かないね」
「なんで平気なの!?」
驚きつつも平然としているアデリーナに、依那は拗ねた。
「庶民仲間だと思ったのに~!」
「……庶民関係あんのかい?これ」
「エナ殿は、これが苦手なのですか?」
「毎日アルにされてるけど慣れない……」
「殿下に!?」
ぶすっくれた依那に、なぜか騎士たちは詰め寄った。
「「「「「なんて羨ましい!!」」」」」
「じゃあ、ダンスもコレも、アル様に教えてもらってんのかい!?それで文句言っちゃバチが当たるよ!」
「そうですぞ、エナ殿!代わりたいという娘がどれほどいるか!」
「自分が女だったら羨ましくて泣きます!」
「……う……うん、そうね?」
なんだろう、この人気。皆さん、目がマジで、ちょっと怖い。
「……みんな、アルが大好きなんだねえ」
「それはもう!皆、殿下を尊敬しておりますからな。王族でありながら、あの強さ、勇猛さ。加えて、部隊の末端まで決して捨て駒にはなさらぬ男気!」
「アル殿下だけではございませんぞ。オルグ殿下も、国王陛下も、本当に臣下を思いやってくださる。……昔、魔物の討伐で、いち分隊が魔物の群れの中に取り残される事件がありましてな。今にも『穢れ』が発生しそうな状況で、国王陛下としては大規模殲滅魔法の行使を命ずるしかない局面となりました」
「その魔法を搔い潜って、当時15歳のアル殿下が単身、小隊を救いに駆けつけてくださったのです。そして、そのタイミング、逃走経路、すべてを立案したのがオルグ殿下でした。お二方の尽力がなければ、私は今ここにはおりません」
「さよう、命を懸けてお仕えするに足る主君なのですよ。エンデミオン王家は」
「おまけに、あの男前だろ?そりゃあ国中の娘が夢中になるわけだよ。そのうえ、お二方とも王族にしちゃ珍しく婚約者がいないんだ、貴族のご令嬢方はみーんな殿下狙いなんだよ」
したり顔でそう言って、アデリーナはぽん、と手を打った。いいこと思いついた!という顔で。
「そうだ!エナ!アンタ聖女様なんだから、どっちかの嫁になりなよ!アル様なんかどうだい?いい男なのは保証するよ!?」
「…は?はあぁっ?」
あまりにも飛躍した考えに、一瞬何を言われたか判らなかった依那は、理解すると同時に真っ赤になった。
「おお!それは良いですな!アル殿下にしても、オルグ殿下にしても、お似合いですぞ!」
「オルグ殿下なら、お優しくて穏やかで、なおかつ頭もきれるし何事もそつがないし。エナ殿が王妃ということもあり得ますな!」
「ちょっ…何言ってんの!?」
周りからやいのやいのとはやし立てられて、依那は焦った。
「そりゃアルもオルグさんもすごく素敵だけど!そんなんじゃないってば!第一二人ともキラキラすぎて隣に並ぶのも申し訳ないというか目が潰れそうというか」
「ほほう?素敵だとは思うのですな?」
「…っだって、そりゃ思うでしょ!?カッコいいし、アルはちょっと雑だけど…それでも二人とも優しい……し……」
そこまで言って、依那は周りの騎士たちがにまにま生暖かく見守っていることに気づいた。
「!!!!!……もう……みんな、嫌い~~~~~~~~!!!!!」
揶揄われたと判ってますます赤くなって暴れる依那に、わっと騎士たちは沸き立つ。
「聖女様がご乱心めされたぞー!」
「おまえら、次の訓練覚えてろよー!」