これが噂の…
「星祭り……ですか?」
村の平調から数週間。
王城の中庭にある四阿で。日課となりつつあるお茶会の最中に振られた話に、依那は首を傾げた。
あの村から帰って以来、颯太はアルに師事して鍛錬を続けていた。
依那も魔導士やレティ、サーシェスについて魔法を習ったり、週2で騎士団に異世界格闘術教えたり(トホホ)という毎日だ。
まぁ、おかげさまで騎士団の面々ともずいぶん打ち解けた。特に、闘士のアデリーナや女性騎士のミランダとはちょくちょくお茶する仲だ。
あれ以降王都の傍で『穢れ』が発生することはなかったが、東のコルヴェントの『穢れ』はやっと治まったところで、王国の北方では小規模ながら飢饉が発生しているという。また、魔物の出没も頻度を増していて、各地で小さな討伐騒ぎが起こっているらしい。
教会を私物化していたラウレスを更迭したことで、レティはかなり自由な裁量を得ていた。そのおかげか地方で発生した『穢れ』や飢饉にも柔軟に対応できるようになり、民の被害は格段に小さくなったと聞いている。
……しかし、勇者召喚までしなきゃいけない非常事態に、お祭りなんかしててもいいのだろうか?
「星祭りは豊穣を願う祭りです。民も楽しみにしているのですよ」
通りすがりに引っ張り込まれたオルグが、カップを口に運びながら言う。
「まあ、エナ殿とソータ殿のお披露目の意味もあるのですが」
「お披露目……ねえ」
来た時に晩餐会開かれた颯太はげんなりする。
御馳走は出たけど、挨拶に来る人数が凄かったし、社交とかまったく判らない颯太は疲れ果てただけだったのだ。
「じゃあエナ姉さまのドレスを仕立てなくてはなりませんわね!」
シャッキーン!とレティが張り切りだす。
「アル兄様も、もちろんソータ様も!正装と…騎士服も一緒におつくりしましょうか?」
「いや俺は近衛師団の制服があるから……」
「駄目ですわ!アル兄様には王族として参加していただくのですもの!」
逃げようとしたアルを捕まえて主張する。
「アル兄様、前回夜会に出てくださったのはいつですの?オルグ兄様にばっかり負担をかけてはいけませんわ!」
「………ううう……」
至近距離から見据えられて、アルはとうとう白旗を上げた。
「わかったわかった。………お前、エナ殿に似てきたな」
「本当ですか!」
「駄目だよ、アル兄、レティ喜んじゃうから」
目をキラキラさせて喜ぶレティに、依那は苦笑を隠せない。
つーか、あたしに似てきたってどーゆー意味だ。
「お披露目と言っても、有事の際です。あまり大事にはしません。ただ、聖女様と勇者様をお迎えしたことは、近隣諸国に告知する必要がありますから…そのための夜会と、あとは民の前で星に祈りを捧げていただくくらいでしょうか」
優雅にお茶を飲み――オルグはがしっとアルの腕を掴んだ。
「…あなたの正装を楽しみにしていますよ?アルトゥール。今度は純白にしましょうか。あなたの炎のような赤い髪に映えてきっと美しいでしょうね。ああ、それとも黒がいいでしょうか。悩ましいですね。あなたは何色でも似合いますから」
にこにこにこにこ
むっちゃいい笑顔でオルグは言い募る。
「オルグ兄様、やはり白にしましょう!お兄様は青の正装でしょう?白の正装のアル兄様と並んだら素敵ですわ!」
「ああ、それは素敵だ。父上もきっと喜ぶだろうね」
お花が咲きそうな雰囲気の中、アルを飾る計画で兄妹は盛り上がる。
…てか、『アル兄様お気の毒』、じゃなかったのか?レティよ。
「…こ…これが噂の…」
「しっ!見ちゃいけません!」
「あっ!こら!」
一瞬の隙を突き、姉弟は脱兎のごとく逃げだした。
すまん、アルトゥール。君の犠牲は忘れない。
「………ったく……」
あっという間に見えなくなった姉弟を見送って、アルはため息をついた。
「………で?本題は?」
「おや、気づいていましたか」
さすがですね、と微笑んでオルグはもう一口紅茶を飲んだ。
「私の大事な従兄弟殿は察しが良くて助かります」
「ぬかせ。……ソータたちには聞かせられない話か」
「……聞かせたくない、というのが正しいでしょうか」
「…………よくない話ですのね」
サーヴしていたポットから、二人のカップに新しくお茶を注ぎ直してレティが呟く。
「わたくし、席を外しましょうか?」
「いや。レティも聞いていてほしい」
ふう、とため息をついてオルグは形のいい唇に指先を当てた。
「……間者が入り込んでいます。おそらくは、西のカナン王国」




