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むかしむかし


 ラピアとそのきょうだいが精霊として生を受けたのは、3000年と少し昔のことだった。


 基本的に、生まれたばかりの精霊には属性がない。

 キッチェのように、生まれながらにして属性のある精霊もいるにはいるが、たいがいの精霊はいろいろな経験を積んで属性を獲得し、土地神のような存在になっていくのだ。


 ルルナスの森で生まれたラピアたちは、順当にいけばキッチェの補佐として霧の精霊になるか、チュチュの守る泉の精霊になるはずだった。

 ルルナスの森は穏やかな場所で、霧の中に住む動物と、キッチェやチュチュ、時々遊びに来る神々と精霊がふたりの世界のすべてだった。


 いや、あと三人。

 チュチュの命を救った三人の人間がいた。

 彼らは森よりずっと東の小さな部族の長とその妻と弟で、ドリュアスの本体を切られたチュチュを救い、その後もちょくちょく様子を見に来るのだった。


 幼く懐っこいラピアは、すぐに人間とも打ち解けた。

 特に、長のエルクはラピアたちを我が子のように可愛がり、来るたびに美味しいお菓子を与え、甘やかしすぎだと怒られていた。

 そして、あの―――運命の日も。

 

 ()()()、いつものようにエルクは弟のトーレを伴い、ルルナスの森を訪れていた。

 「おー!!元気だったかー!ラピア―!」

 「元気―!!!」

 銀の泉のほとりに着くなり、ラピアがエルクに飛びついた。

 「そうかそうか。今日はな、カナンの珍しいお菓子を持ってきたぞー!」

 「わーい!お菓子―!」

 笑いながら、エルクはいそいそと荷物を広げ、お土産のお菓子を取り出す。

 「ほら、一人二つずつな!」

 「いただきまーす!」

 大喜びで、ラピアはさっそくお菓子にかじりついた。


 「ラピア!お行儀悪い!」

 一方、ラピアの兄はチュチュがキッチェを呼んでくるまで待つつもりだった。

 「ああほら、今飲み物を用意するから!」

 そんな二人を見て、トーレが笑う。

 それもいつもの光景だった。

 ラピアがお菓子にむせて、慌てたエルクが口をつけたばかりの水筒をラピアに渡すまでは。


 「……う………?」

 最初に異変に気付いたのはエルクだった。


 「だめ…だ……()()()()()()!!」


 喉を焼く強烈な痛みと腹の底から身体を焼き尽くすような熱に、エルクが叫んだ時はすでに遅く、ラピアはごくごくと水筒の水を飲んでしまっていた。


 ――――()()()()()()()()()()()を。

 

 「ラピア!」

 「兄上!!」

 苦しみだす二人から立ち上る、『穢れ』。

 ラピアのきょうだいとトーレ、そして駆け付けたキッチェたちの目の前で二人は変貌した。


 エルクは魔人に。

 そして、ラピアは魔獣に。


 より多くの水を飲んでしまったラピアの苦しみは筆舌に尽くしがたいものだった。

 三日三晩この小さな精霊はもがき苦しみ、どうにか一命を取り留めたものの、悲劇はそれだけに留まらなかった。


 たったひとりの妹の無残な姿を目の当たりにし、何もできない自分に絶望した兄までが、後を追うように闇堕ちしてしまったのだ。

 

 水筒は、菓子を買ったカナンの店で一緒に買い求めたものだった。

 

 怒り狂ったトーレが店主を急襲し、力をつけてきた部族の長であるエルクを狙った陰謀であることは白状させたものの、そこまでだった。

 あっという間に証人は消され、日を置かずして討伐隊が差し向けられた。

 始まりの聖女に率いられた、討伐隊が。

 

 聖女に向かい、トーレとエルクの妻オルカは事情を話し、三人を助けてくれと泣いて頼んだ。

 魔獣と化したきょうだいはただただ怯え、抱き合って震えるばかり。

 魔人となったエルクはひたすらにきょうだいの助命を嘆願した。


 そして聖女は……その願いを聞き入れ、奇跡をおこなったのだ。

 

 エルクはすぐに元の姿を取り戻した。

 だが、一番重篤だったラピアは精霊の姿を取り戻せず、魔獣でも精霊でもない――()()になってしまった。

 そして、その兄は自分だけ精霊に戻るのを拒み、自ら望んで幻獣(レプト)となったのだ。

 

 そんなきょうだいに、聖女は言った。

 いつか、必ず。

 ラピアの本当の姿を見つけてくれる人が現れる。

 ラピアの心を掬い上げてくれる人が現れる。

 だからそれまで……戦いが終わったら、この剣(アルタ・ワルト)をラピアに預ける、と。

 

 そうして。

 戦いは終わり、始まりの聖女は力尽きた。

 聖女の細剣(アルタ・ワルト)は彼女の遺志どおりラピアに託され……ラピアのたからものとなったのだ。

 

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