奪還
「私の使命は、盗まれた銀の宝物を取り戻すこと。それは、今は美しいお姫様が保管してくださっているはずなんです。それで、ここへ飛ばされたと思うんですけど、お心当たりありませんか?銀色で、こう、棒に蔦が絡まったような形のものなんですが…」
「銀の……?まあ!もしかしたら、これのことかしら!!」
少しだけ考えて、エリザベートはぱっと顔を輝かせた。
そして窓際の小テーブルに駆け寄り、エリシュカのヒルトを手に取る。
「!そうです!それです!」
喜ぶ依那だったが、エリザベートはエリシュカのヒルトを持ったまま、何かを考えるように小首をかしげた。
「……エリザベート様?」
「……でも、これは、わたくしが怪物からいただいたものなのよ?とっても大きくて、とっても醜い怪物。こんなに美しいものを持つ資格なんてないわ。だから、わたくしがもらってさしあげたの」
そう言って、彼女はヒルトを胸に抱き、艶然と微笑んだ。
「わたくしがいただいたの。わたくしのものなのよ?それなのに、精霊さんはただでわたくしにこれを渡せというの?」
「……あ……」
美しいその微笑みからは。優越感と仄暗い底意地の悪さが透けて見えた。
エリザベートにとって、エリシュカのヒルトは重要ではない……というより、べつに欲しいものではないのだ。
だが、それをラピアが大事にしているのが気に入らない。
誰かの大事なものだから、欲しい。
誰かが欲しがるから、わざともったいぶって渡さない、と言ってみる。……幼稚園児の意地悪みたいだ。
「…………しかたありません」
大きくため息をついて、依那は項垂れてみせた。
「エリザベート様が渡してくださらないのなら、私はそう神様にお伝えしなければなりません。『美しいエリザベート姫は、宝物を独り占めして、渡してくださいませんでした』と。もちろん、アルフォンゾ様にも」
「えっ」
意地悪をアルフォンゾに報告する、と言われてエリザベートは慌てた。
「そんな、ひどいわ!精霊さん!アルフォンゾ様に言いつけるなんて!」
「でも……お渡しくださらないのでしょう?」
――よし!あと一押し!
おろおろと考え始めたエリザベートを見て、依那は内心で思う。
こちとら、伊達に13年も姉ちゃんやってない。
颯太のほかにも、子供会で何人の近所のガキどもの面倒見てきたと思ってんだ!
「……ひどいわ、精霊さんったら。わたくし、いろいろお世話してさしあげたのに…」
唇を尖らせて、それはもう愛らしくエリザベートは拗ねてみせる。
そんなものに惑わされはしないが……実際、いろいろしてもらったのは事実なので、依那は少しばつが悪くなった。
……じつは、依那はエリザベートが飛びつきそうなものを持っている。
武具がいろいろ入っていた四次元袋。
ヨハンたちがくれたその袋は、軍の支給品らしいのだが………それになぜか入っていたのだ。王家の肖像4点セットが!
多分御守りの類だと思うが――どんだけ王家好きなんだおまえら!というのは置いといて――名刺サイズのそのアルの肖像を見せれば、大喜びで彼女はエリシュカのヒルトを渡してくれるだろう。
だが、依那はアルのものをこれ以上彼女に渡したくなかった。
できることなら、あの部屋のアルの肖像まるっと全部回収したいくらいだった。
「では、美しいエリザベート様には、これを」
かわりに、依那は泉の底で拾ったまま、ベルトの後ろにはさんでいた、金のユリを差し出した。
「これは、私が泉の精霊からいただいたものです。あなたが持つにふさわしくはありませんか?」
「……まあ!」
頬を染めて、エリザベートはユリを受け取った。
「お上手ね、精霊さん。いいわ、これはあなたにあげるわ。……そのかわり、くれぐれもアルフォンゾ様によろしくお伝えしてね?」
「ええ。もちろんです。エリザベート様」
ユリの代わりに差し出されたエリシュカのヒルトに依那が触れた瞬間。
視界が暗転し、次の瞬間、依那は――『時の泉』の底にいた。
「!!!」
こちら側でどのくらいの時間が経っていたかはわからないが、当然のごとく光の膜の効果は切れている。
ろくに目も開けられない真っ暗な泉の底で、依那は慌てた瞬間に水を飲んでしまった。
…!!……やば……!
急いで水面を目指そうとするが、エリシュカのヒルトを抱えたままではうまく泳げない。
だが、依那は絶対にヒルトを手放す気はなかった。
必死で泳ぐが、だんだん頭の中で金属音が鳴り出し、限界が近づいてくる。
…およが…なきゃ……ラピアが………みんな……待って……颯…太……
とうとう意識を手放しそうになった時
《 しかたねーな、ちょっとだけ、手貸してやんよ 》
そんな、ぞんざいな声がして。
依那の意識は真っ白に解けた。