母と息子
場面が依那に戻ります
そして、倫理的にアウトな人たちが…
「………っ」
何か人の声が聞こえたような気がして、依那は目を覚ました。
一瞬自分がどこにいるか判らなくて、あたりを見渡し…はたと気が付く。
ここは、エリザベートの寝室の衣装箪笥の中。
絶賛潜伏中なのだった。
それなのに、我ながら図太いことにいつの間にか居眠りしていたらしい。
扉に耳をつけて気配を探ると、寝室の中に誰かがいるようだった。
衣擦れの音、誰かの話し声、ぎしぎしと何かがきしむ音……。
……エリザベートが帰ってきたのかな?
でも、もし一人じゃなかったらまずいし、と依那は慎重に扉をほんの少し開け、室内を窺った。
すっかり夜になっていたようだが、寝室の中は真っ暗ではなかった。
壁一面を占める窓から、差し込む月明かりで部屋はうすぼんやりと明るい。
それに加えて、ベッドの横の白鳥の置物がランプにもなっていたらしく、絞った明かりで部屋を照らしている。そのおかげで、ベッドの脇の椅子に脱ぎ捨てられた衣服や、転がった靴が目に入る。
「………?」
ベッドのカーテンはひかれていて、直接その中を見ることはできない。
だが、その中で二人の影が蠢いているのは判った。
そして、扉を開けたことでより聞こえるようになった、ベッドのきしむ音、あられもない声……!
「!!!!」
溢れ出そうになった悲鳴をすんでのところで抑え込み、依那は箪笥の奥の壁にへばりついた。
なに!?なんなの!?なんでこんなことになってんの!!?
あまりに想定外の出来事に、赤くなったり青くなったりしながら依那は少しでも現状を整理しようと頑張る。
箪笥の扉の向こうは……うん。お取込み中のお取込み中、濡れ場真っ最中だ。
しかもいろいろ隠す気がないというか…ぶっちゃけ、声が大きい。安普請のアパートなら隣からクレームが来そう。
うっそでしょぉ~~~~!?なんなのよこの状況―!!!
両手で耳を塞ぎ、ドレスの山に頭を突っ込みながら依那は内心で絶叫した。
彼氏の一人もいたことのない依那にとって、あまりにこの状況は過酷だった。
今すぐここから逃げ出したいのに、下手に動いたら見つかりそうで身動き一つできない。
むしろ、さっき叫ばなかった自分をほめてやりたい。
「…あ…ああっ……アルフォンゾ…さま…っ…アルフォンゾ…さまぁッ!」
「…ああ…エリザベート…」
感極まったようなエリザベートの声。それに応える、男性の低い声。
………ん?アルフォンゾ様?
頭の中で数を数えて現実逃避を図っていた依那だったが、よせばいいのにエリザベートの喘ぎにふと疑問を感じてしまった。
アルフォンゾ様はもちろん、アルだってここにいるはずがない。
だったら……彼女はいったい誰と行為に及んでいるんだろう。
……というか、アルフォンゾに嫁ぐとか言ってたくせに、これ、浮気じゃないの?
そんなことを考えていたせいで、依那は一瞬周りの警戒を怠った。
「……さて。そこで隠れている精霊とやら。顔を拝ませてもらおうか?」
はっと気づくと、すぐ後ろ――衣装箪笥の扉の前でそんな声がして。
「だめよ!ナイアス!」
―――ナイアス!?
エリザベートの制止の声にぎょっとした依那が振り向くのと、勢いよく扉が開けられるのは同時だった。
やばい!!!!
そう思った瞬間、素肌にシャツを羽織り情事の痕を色濃く残すナイアスとまともに目が合ってしまう。
え?え?え?なんで?なんでエロワカメ?やっぱり息子なんて妄想だった?……じゃなくて、やばいやばいやばい!こいつには顔バレてんのに―!!
パニックを起こし、何も言えず固まった依那だったが。
「………気のせいか?……確かに何か気配がしたと思ったが……」
秀麗な眉を顰め、ナイアスが訝し気に箪笥の中に視線を走らせる。まるで、目の前にいる依那が見えないかのように。
「……もう、ナイアスったら!精霊さんは、わたくしにしか姿を見せてはだめなのよ?可哀想に、怖がって逃げてしまったのだわ」
「申し訳ありません、エリザベート。……でも、私としても、大切なあなたに近付く輩には目を光らせていたいのですよ」
華奢な裸体に真っ白のガウンだけを羽織り、ナイアスの肩にしなだれかかりながら文句を言うエリザベートの手を取り、ナイアスは唇を寄せる。
「……もう、寒くはありませんか?母上」
「ええ、ありがとう。アルフォンゾ様が温めてくださったもの」
衣装箪笥の扉を閉めようとするナイアスの肩に手を置き、背伸びしてその唇に軽く口づけして、エリザベートは囁く。
「あなたもありがとう、ナイアス。愛していてよ」
そして。
固まる依那の前で、扉は閉じられた。