大地の祝福
魔物と化した男性を救った颯太の斬撃は、あたり一帯を浄化し、怪我人のほとんどを完治させていた。
「……すごいね、颯太のやつ」
レティと一緒に周辺に『穢れ』が残っていないか探索しつつ、依那は感嘆の声を上げた。
「ソータ様、エナ姉さまを護るために一生懸命ですもの」
一通り探索を終えて、レティは微笑んだ。
「何か感じますか?」
「ううん、綺麗さっぱり消えてる感じ」
「わたくしもそう思います。……では、大地の祝福を始めましょう」
そう言って、レティは司祭から身の丈ほどもある杖を受け取った。
杖の上部には赤みがかった直径15センチくらいの水晶球がついているが、不思議なことにその水晶は繊細な細工から浮いているように見える。
『 天と地と その狭間に 数多侍いける聖霊よ 星女神ヴェリシアと大聖女の名において この土地に祝福を 』
杖をシャラン、と鳴らしてレティは凛とした声で告げる。
『 祝福を 』
その後ろに並び、唱和する司祭たち。
シャン、シャンと数回杖で地を叩くたびに光の輪が広がっていく。
シャン!とひときわ高く杖を鳴らし、レティは高らかに謡い始めた。
「…う…た…?」
「祝福のうただ。聖女はああやって浄化と祝福を与える」
驚く依那にアルが囁く。
謡うレティの声に乗って、優しく淡い光の波が地面に広がっていく。
焦げたように真っ黒だった大地がゆっくりと緑に変わっていく。
草が生え、大地が生命を取り戻していく。
不思議な、でも優しい旋律を歌い終え、レティはもう一度シャン、と地面を打った。と、今度は地面から光の粒子が浮かび上がり、ゆっくりと空に昇っていく。
「……生命が……」
犠牲になった人たちの。草の、木の、すべての生命が空へと還ってゆくのだ。
上っていく命をすべて見送って、レティは最後にもう一度杖で大地を打った。同時に光が消えうせ、目の前に広がっているのは豊かな緑の草原だった。
「皆様、もう大丈夫です」
ややあって、レティは微笑みながら村人を振り返った。
「おお……!」
「姫様、なんとお礼を申し上げてよろしいか…」
涙ながらに感謝する村人たちと話すレティを見て、依那はやっぱりお姫様だなぁ、と感心した。
対応が優雅で卒がない。自分だったら逃げる。まず間違いなく。
「エナ姉さま!」
嬉しそうに駆け寄ってくるレティを迎えながら、依那はもっと強くならなきゃ、と思う。
颯太も頑張っているのだ。依那だって負けていられない。
「……なるほどね。これがエンデミオンが召喚した聖女サマか……」
遠く離れた海沿いの街の一室で。
水晶球に映し出された依那の姿を見て、男は愉しそうに嗤う。
「なかなか可愛いじゃないか。そうは思わないか?」
「……興味はございませんので」
話しかけられた相手は影の中に佇み、男か女かも定かではない。
その者が見つめるのは、依那と一緒に映し出されたアルの姿だ。
「……まあ良い。楽しみが増えたというものだ」
くっくっと喉の奥で笑い、男は盃を干した。
忍び寄る悪意を、依那たちはまだ知らない…………。




