希い
「あ……ごめん。クルムって、幻獣なんだよね?幻獣って魔人なの?亜人なの?」
『 ……は? 』
唐突な颯太の問いに、クルムはぽかんとした。
「サーシェスさん…あ、エンデミオンの神官長さんなんだけど、その人に、魔物の中でも知性があるのが魔人だって教わってたんだけどさ。クルムは話できるし、魔人なのか、でもそれにしちゃ禍々しくないし。それともオレの知らない亜人なのかな、って」
「幻獣は、魔物と精霊の中間みたいな存在ですよ。亜人は人型をしている者を示すので、ちょっと違いますね」
隣から、ステファーノが教えてくれる。
「そうなの?ややこしいんだね。魔王に属さないんだし、話できるんだから亜人でいいのに」
「……確かに、魔物と魔人、亜人や獣人の区別って結構あいまいですよね。スフィカも、魔物と考えるか、動物と考えるかで意見が分かれます。レ・レイラ陛下とお会いして意思疎通、しかも念話を操れるということが判りましたし、魔人とも亜人とも違う区分けが必要かもしれませんね」
「そっか…スフィカって、動物扱いか魔物扱いなのか…」
圧倒的な強さと存在感を示したレ・レイラを思い出して、颯太は唸った。
「人型じゃないから亜人じゃないのかもしれないけど、知性もあるのに動物扱いは違うような気がするなあ。かといって、魔物じゃないし…」
ほんと、ややこしい、と颯太はため息をついた。そして、ふと真顔になって顔を上げる。
「ねえ、キッチェ。キッチェは精霊だから、オレたちの知らないことも知ってるよね?……もとは亜人や人間だった魔人を、もとに戻す方法ってないのかな」
「魔人を……?まさかあんた、あのファティアスって野郎を…」
「ああ、違う違う。オルグ兄斬ったんだよ?あんな奴はむしろゴキブリに変える方法知りたいくらいだけど」
ふん、と鼻を鳴らし、颯太は言った。
「フェリシアのお父さんとか……自分の意志じゃなくて、絶望で魔人化しちゃった人って、元に戻せないのかなって…」
「……あんたねえ…」
腕を組んで、キッチェは呆れた。
「自分がどんだけ無茶言ってるかわかってる?魔人化っていうのはね。魂の本質が変化しちゃうことなのよ?それほどの絶望を味わい続けてるの。それを、元へ戻す?」
「それは、判ってるけど!!」
言いかけて、颯太は俯いて肩を落とした。
「判ってるけど……でもさ。苦しすぎて魔人になったのに、なった後もずっとその苦しみが続いてるなんてさ……」
しょんぼりした颯太を見て、キッチェとステファーノは顔を見合わせた。
「……えーと……あんたはフェリドを元に戻したいの?」
「特に…フェリドさん…ってわけじゃないんだけどさ……」
ちょっとためらって、颯太はロザリンドのことを説明した。
「最初は、魔人化の話聞いてもそうなんだーとしか思わなかったんだけど。フェリシアやシャノワさん見てたらさ……やっぱ、お父さんに会いたいんじゃないかなーとか…ロザリンドさんがもし本当に魔人で討伐対象になっちゃったら、シャノワさん悲しむだろうなーとか……いろいろ考えちゃって……」
ため息をついて、颯太は膝を抱えた。
「魔人全部助けたいなんて言わない。……でもさ…ほんとにほんとにどうしようもないのかなって…なんかできないのかな…オレ、勇者なのに……」
「ソ…」
『 勇者、万能ちがう 』
キッチェが口を開くのと同時に、クルムが会話に割り込んだ。
『 勇者、全部背負いすぎ。勇者、神じゃ ない。できないこと ある。 当然 』
「………うん………そうだよね。それはわかってるんだ。……でも…」
それでもと、この幼い勇者は、目に涙をためて望む。誰かを救いたい、護りたいと。
――こりゃ、とんでもない子供が来たもんだわ。
そんな颯太を見て、キッチェは内心で嘆息した。
颯太に自覚はないだろう。
いや、ここが鏡の泉のほとりであるという、その意味も判ってないに違いない。
ここでは、一切の誤魔化しも取り繕いも効かない。すべてが泉に映されるから。
もちろん、ただの人間には見えないだろう。
だが、人ならざるキッチェやクルム、そして『傍観者』であるステファーノの目には、颯太の願いが心からのものであることが手に取るように見えていた。
そして、彼が放つ魂の輝きが銀の泉を満たし、かつてないほどに輝かせているのも。
力強くて温かい、眩いほどのひかり。
キッチェですら、これほどの光を見たことはない。
……だが。
その術は、失われてしまった。もう、無理なのだ。
意を決してキッチェが口を開こうとしたとき、またしてもクルムが割って入った。
『 ……ないことは ない 』
「!?」
「ちょっ…クルム!?」
慌てるキッチェを無視し、クルムはじっと颯太を見据えた。
『 ひとつだけ 方法、ある。でも、条件、難しい。すごく、難しい。たぶん、もう無理 』
「それでも!無理でもいいよ!教えて!」
「ソ…ソータくんソータくん」
勢いあまって焚火に突っ込みそうな颯太をステファーノが慌てて止める。
『 ……… 』
隣からクルムにじっと見つめられて、キッチェは特大のため息とともに白旗を上げた。
「……ああもう、ハイハイ、話すわよ。話せばいいんでしょ?……クルム、あんた当分リンゴ抜きだからね!」
ふわりとクルムの隣に舞い降りて、キッチェは話し出した。