妄執
「……ヘーレ…」
そっと隠形を解呪して現れた指輪を、絵の中のエリザベートの指輪と見比べる。
「……嘘でしょ……」
赤い石の嵌った、金の指輪。
二つの指輪は瓜二つと言っていいくらい、そっくりだった。
もちろん、『王の心』が二つあるわけはないし、依那が持っているのが本物なのは間違いない。
では……エリザベートは…もしくはナイアスが、わざわざ作らせたのだろうか。
本物そっくりの王家の指輪を。
「……やだもう……ほんと、なんなの、あの子…」
その妄執がひたすらに恐ろしい。
いくらよく似ているとはいえ、アルフォンゾとアルは違う人間だ。
ここにある絵だけを見ても、違いは一目瞭然だ。
それなのに、彼女にはそれが判らない。
その違いもすべて無視して、アルをアルフォンゾだと信じている。
もし、アルフォンゾが死んでいることを彼女が知ったら、どうなるんだろう。
きっと、認めない。
アルがアルであって、アルフォンゾではないと納得するとは思えない。
「……どうしよう……アル……」
もう一度指輪を隠し、依那はアルの絵に額を押し当てた。
今まで生きてきて、こんな異世界に飛ばされて、いろんな人に出会った。
亜人たちとも出会って、魔物とも戦った。命懸けの戦いもあった。
でも……こんなに重くて昏くて…ねばりつくような…まさに狂気としか言いようのない執念を見たことがない。
アルに会いたい、と心から思った。
いつもの粗雑な仕草で、なんだそりゃ、って言ってほしい。
きっとこの話を聞いたら、彼は心底嫌そうな顔して、それから、災難だったな、って依那の背を叩いてくれる。大丈夫だと、安心させてくれる。
「……………うん」
アルの顔を思い浮かべたらなんとなく落ち着いて、依那は深呼吸して気を取り直した。
そろそろ戻らないと、エリザベートが帰ってくるかもしれない。彼女がいない間に、侍女とかが就寝の支度をしに来るかもしれないし。
絵画の部屋を出、寝室の衣装箪笥に戻ろうとして。ふと依那は足を止めた。
寝室の大きな窓の傍に置かれた、銀の縁飾りのある青いテーブル。
その上には白ユリが生けられた花瓶が乗っている。その隣に無造作に転がっている、もの。
「!エリシュカのヒルト!」
それは、泉の底の女性が抱えていた物体に間違いなかった。
思わず駆け寄って、依那はそれを手に取った。
手に取ってみると、それは置物ではないようだが、T字型の芯のようなものに繊細な銀細工のツタみたいなものが絡んでいる、謎の物体だった。
T字型の縦棒の部分が握りみたいになっていて、その先端には紫色の石が嵌っている。
「……なんだろ……これ……」
不思議なことに、泉の底では真っ黒だったそれは、今は銀色に輝いていた。
何に使うものかはわからないが、確かに美しい。
依那はその縦棒の部分を握ってみた。
ちょうど、銀のツタ細工の中に手が収まるくらいの大きさだ。
「……見つけたけど……多分、これだけじゃ駄目なんだな…」
呟いて、依那はエリシュカのヒルトをもとの位置に戻した。
来たときは触れただけでこの城へ飛ばされたのに、今は何も起こらない。
ということは……おそらくは、エリザベートの意志で譲ってもらわなければ、駄目なのだろう。
「………それが一番難しそうなんだけどね……」
ぼやきながら、すごすごと依那は衣装箪笥に潜り込んだ。




