水底のおんなのこ
「……とりあえず、逃避してても仕方ないから、ちょっと整理しよっか」
「うううう…逃避したいですー…」
『 ですー… 』
とてもじゃないがあの水の中に戻る気になれなくて、三人は少し離れた広場で休憩していた。
早い話が現実逃避だ。
「ううう………聖女は、本当に見たですかー?その……人間ー」
「うん。あんまりしっかりは見てないけど、人間だった。というか、人型だった。エルフだったー、とかマーマンだった―とかいうオチはあるかもしれないけど」
「それはないですー。亜人はルルナスの森にはいれないですからー。ルルナスの森にいる亜人はチュチュだけなのですー」
「だったら……精霊とか…?」
「それもないですー。精霊はこの水に入れないです―」
「……そういや、この泉、しょっぱかったね。海水……なわけないか……」
「……………」
『 聖女 ……どんな人間…だった……?…そのひと…… 』
「えっとね……」
ラピアの問いに、依那は一生懸命水底の女性を思い出そうと頑張った。
「歳は……30代…40にはなってないと思う。長い金髪で、痩せてて、青というか水色っぽいドレス着て……何か持ってた気がする。すんごく綺麗な人だったよ」
『 !! 』
「それっ……て……」
依那の説明を聞いて、何故か二人は顔色を変えた。
特にラピアは、硬直して震えている。
「…心当たり……あるのね……?」
「………っ……」
うずくまったチュチュの身体から緑色のツタがしゅるんと伸びて、チュチュ自身を抱きしめるようにその身を覆う。
ややあって、ツタは少し緩んで、チュチュの姿が現れた。数本のツタはまたチュチュの中に引っ込んだものの、数本はまるで慰めるようにチュチュの髪や肩を撫でている。
「……心当たりというか…そうじゃないといいなって…ことがあるですー」
躊躇いがちにチュチュは言葉を絞り出した。
「水底の……おんなのこですー」
「水底の……おんなのこ……?」
こくんと頷いて、チュチュはしょんぼりと肩を落とした。
「『時の泉』はー……昔は底まで澄み渡ってー…ほんとに綺麗な泉だったですー。底まで綺麗に見えるのでー、チュチュもラピアも、大事なものは、泉にしまっておいたですー」
『 底まで……見えたから 毎日 見に 来てた 』
異変が起こったのは、20数年前。
泉の底に、女の子が現れたのだ。
とてもとても美しい、金髪に氷色の瞳の、水色のドレスの少女。
彼女は水底を歩き回り、銀の財宝を次々とどこかへ持ち去った。
そしてとうとう、チュチュとラピアの宝物を拾い上げた。
「返して、って言ったですー。それはとても大事なものだから、返して…って」
でも、少女は。
その美しい少女は、にっこり笑って、ラピアの宝物を胸に抱いた。
――ーだめよ、だってこれは、綺麗だもの。あなたみたいな怪物にこんな綺麗なものは、相応しくないでしょう?
『 何度頼 んでも 返して くれなかった ラピア 怪物 だから って 』
「だから……いろいろ、綺麗なもの投げ込んでー…頼んだですー…返してって…交換して、ってー」
でも、駄目だった。
頼めば頼むほど、ラピアが必死になればなるほど、少女は美しく美しく微笑んで。
―――駄目よ、怪物さん。美しいものは、おひめさまのためにあるの。あなたみたいな怪物にはもったいないわ
「そうして……そのうちにー……泉が濁り始めたですー。どんどん、濁って、暗くなって……底どころか…浅いところも―見えなくなりましたー」
『 ……だから……チュチュと ラピア 我慢 した あのこ いなくなるまで でも 水、濁って 見えない いなくなったかも たからものも もう… 』
「……酷い……」
唇を噛み締め、拳を握り締めて依那は唸った。
「そんなの……泥棒じゃない!美しい!?怪物!?関係ないわ!ラピアの宝物奪い取って、なにが相応しくない、よ!」
『 せ…聖女? 』
怒りのまま、依那はすっくと立ちあがった。
「行くわよ!チュチュ!ラピア!」
「い…行く?どこへ行くですかー?」
『 まさか 』
「水の底よ!!あの女からラピアの宝物、取り返してくる!!」




