泉というより沼だよね
今年最後の更新です。
「聖女?どうしたですかー?」
チュチュの声に、はっと依那は顔を上げた。
「あ、いや!何でもない。……で、どうすればいいの?」
「聖女にはー、『時の泉』に潜ってもらうですー。潜って、ラピアの宝物ー探してくださいー」
「だよねー!だと思ったわ―!」
泉を見たときからしていた嫌な予感は大当たりだったようだ。
「……で……この泉、どのくらいの深さがあるの?」
「だいたい、ラピアの幻覚の高さくらいですー。ここ10年くらいは底が見えないのでわかりませんがー」
「……水深30メートルってか」
がっくりと肩を落とし、依那は剣を外した。
「悪いけど、これ預かっててくれる?よく切れるから、抜かないように」
「聖女聖女、ちょっと待つですー!思いきり良すぎるですー!」
剣を受け取ってちょっとよろけながら、チュチュは慌てた。
「この泉の水は、体に悪いですー。チュチュたちにも毒ですが―、人間も長く浸かってると、動けなくなってー、溺れますー。ですからー、潜るのは、長くても1回10分以内にしてくださいー」
「…人間って、そんなに長く息止められないんだけどね」
魔法具使っても10分以内ってことだろうな、と思いながら、依那はかんしゃく玉を確認した。
結界玉が3つ、防御陣が3つ、光の膜が2つ。使えそうなのはこんなところか。
じっと水面を眺める。
ううう、潜りたくない。ばっちい。でも、これが終わらないとみんなのところへ帰れない。
ため息をついて、依那は覚悟を決めた。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言って、結界を張り、思い切って泉に飛び込む。
縁からすぐは浅瀬かと思ったら、泉はまるでプールのようにいきなり深くなっていて、依那はあっという間に頭まで水に沈んだ。
おそるおそる目を開けてみると、足元に1メートルほどの結界の魔法陣が浮かび、そこから高さ2メートルほどの円柱状に結界が張られて水が入ってこなくなっているようだ。
意外なことに視界はそう悪くなかった。
全体的に薄暗く濁った感じはするものの、藻が生えているわけでも、水草があるわけでもない。ただ、時折リンゴとか何かの木の実が漂っているのは、チュチュの非常食だろうか。
ちょっと考えて、依那は結界から手を出してリンゴを拾ってみた。
そこから結界破れたらどうしよう、という不安はあったものの、さすが聖女印の結界、破れることもなく、物の出し入れはできるようだ。
「…銀の宝物だっけ……だったら、底よね……」
底へ、と念じるとゆっくりと身体が沈んでいく。
当然だが、底に近付くにつれあたりは薄暗さを増し、ものが見えにくくなってきた。
「これ……30メートル以上あるんじゃない…?」
ゆうにそのくらいは沈んできた気がするのだが、まだ底は見えない。
なんとなく息苦しさを覚えて、依那はいったん水から上がることにした。
「聖女!」
水から顔を出すと、チュチュが飛びつかんばかりの勢いで覗きこんでくる。
「大丈夫ですかー。けっこう長く潜ってたですよー。とにかく水から上がるですー」
「うん、ありがと」
チュチュの手を借りて水から上がると同時に結界が消えうせた。
『 聖女 あの…… 』
おずおずと、だが隠しきれない期待と不安をこめてラピアが近寄ってくる。
「あ、うん」
振り向くと、ラピアは依那が手にしたリンゴを見て、それはもう可哀想なくらいにがっくりした。
「聖女聖女、これはひどいですー!どう見てもラピアの宝物じゃないですー!ラピア可哀想なのですー!」
「ちょ…これは違うの!底まで行きつけなかったの!これは途中で流れてきたから」
そう言って、依那はリンゴをチュチュに押し付けた。
「多分、前より深くなってるんじゃないかな。30メートル以上潜った気がする」
「そう…なのですかー…」
それを聞いて、チュチュは暗い顔をした。
「まぁ、せっかくだから聖女も食べるですー」
渡したリンゴにちょい、と触れるとリンゴがぱかっと8等分された。
「はい、なのですー!」
「う…うん。ありがと……」
ぐいぐい押し付けられて、依那はリンゴを口にする。
甘酸っぱくて、みずみずしくて、美味しい。……いつのか、なんて考えたら負けだ!
「……で、どうするですかー。聖女、諦めるですかー?」
「まさか!」
ここまできたのだ、諦めるわけがない。
それに、試練よりなにより、このしょんぼりと肩を落として泉を見つめるラピアを見たら、放っておけないではないか!(ミミズだから肩どこだか判んないけど)




