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別命


 試練の一行を見送った翌日。

 

 シャノワと騎士、そして亜人たちはレヒト特別地区の神殿へと出発した。

 街道までの3日の野営も今日で終わり、明日の夜には街道の、分岐点にある宿に入れるだろうという夜。

 急遽ベイリスに下った指令を聞いて、エリアルドは眉をひそめた。


 「…ずいぶんと……急な話ですな…」

 「ふむ…。だが、仕方あるまい。王族の方々の気まぐれは今に始まったことではない」

 「ですが……王城には王専用の近衛師団もおりましょうに…」

 硬い表情でロザリンドも考え込む。


 ベイリスに下った命は、急ぎ王城へ赴き、王妃シンシアの護衛の任に当たること。ロザリンドの言うように、近衛師団が代行できない任務ではない。

 「私は王妃殿下の母国の出ゆえ重用いただいておる。おそらくは、公式の行事ではなく、お忍びでどこかへお出かけなのでしょうな」

 「カナンの王妃殿下はジヴァール帝国のご出身でしたな」

 「いかにも。ジヴァール帝国の皇族傍系のご出身にあらせられる」


 「で…おでかけとはどちらへ……」

 「それは伏せられておるし、貴殿の知るべきことではない」

 エリアルドと母国の話をしていたベイリスは、ロザリンドの問いをぴしゃりと撥ねつける。

 「では私はこのまま王城へ向かおうと思う。後のことはお任せしてよろしいか」

 「承知しました」

 一瞬詰まったものの、ロザリンドは丁寧に一礼した。

 そんな彼女を見下したように一瞥して、ベイリスは軍議用のテントを出て行った。


 「……相変わらずだな、あの旦那は…」

 「ロザリンド殿……」

 「大丈夫ですわ」

 その背を見送って、ブルムが呆れたように呟く。

 だが、気遣うエリアルドに、ロザリンドは気丈に笑って見せた。


 「では、我々も出立いたします」

 「頼むぞ。くれぐれも道中気を付けるように」

 「はっ!」

 やり取りを見守っていたヨハンとポジタムが立ち上がって言うのに、エリアルドは重々しく頷いた。

 ヨハンとポジタムは先触れとして、今晩中に分岐点の宿へ向かうのだ。


 「おい。晩めしの支度ができたぞ」

 出ていく二人と挨拶を交わし、カイドウがテントを覗きこむ。

 「長殿に雑用を頼んですまんな」

 「なんの、これくらい。世話になりっぱなしなんだ。少しは仕事させてくれ」

 ブルムと会話するカイドウは、すっかり他種族に馴染んでいる。

 シルヴィアと配膳をしているトクサも同様だ。


 「エリアルド様も、ロザリンドもお疲れ様です。ヨハン様たちはもう発たれたのでしょうか?」

 料理の載った盆を持つシャノワとフェリシアは、歩哨に当たっているカノッサとファビエラに食事を運ぶつもりのようだ。


 「じゃあ、シャノワ、ファビエラの方お願いね」

 フェリシアが従者に食事を運ばないのは、姫様手ずからの配膳に従者が号泣平伏して食事をしてくれないからだ。(初日で懲りた)


 「…シャノワ殿下は、ずいぶんと雰囲気が変わられましたな」

 「……ええ。この旅で見違えるようにおなりですわ。…体調不良もなくなりましたし……」

 ロザリンドとエリアルドが話しながら焚火の方に行きかけたとき。


 「あっ…」

 振り返ったザウトとぶつかりそうになったシルヴィアが、避けたはずみで瓶をいくつかひっくり返した。そのうちの一つが割れて中身が焚火の――火床になっていた、熱された石にかかる。

 「……こりゃあ…」

 途端に立ち上った、妙に甘ったるい香りに、ブルムが血相を変えて焚火に駆け寄った。


 「火を消せ!すぐに!この煙を吸うな!!」

 「ブルム公!?」

 「どうなさったのですか!?」

 「いいから早く!」

 ブルムの剣幕に驚きつつも、ロザリンドは水魔法(ヴァハト)を使い、焚火を消し止めた。同時にシルヴィアが風魔法(グィム)を使い、その香りを上空に吹き飛ばす。

 その間にブルムは瓶の中身が染み込んだ場所に土をかけて、足で踏み固めた。


 「ザウト、焚火の位置をずらそう。ここは濡れちまったし。あんたらも手伝ってくれ」

 「あ……ああ」

 戸惑いながらもカイドウとトクサが手を貸し、あたりからあの匂いもなくなった頃、やっと新しい焚火が燃え上がり、ブルムは安堵の息を漏らした。


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