棘
「なんで止めるのさ!キッチェ!」
「いいのよ!もう勝負あったんだから!いいこと!?これは試練であって、殺し合いでも討伐でもないんだからね!」
「……まぁ……それでいいならいいけどさ……」
まだちょっと納得していないような表情で、颯太は剣を収めた。
ほかの四人もゆっくりと颯太の周りに集まってくる。
「……さ、もういいわ。クルム」
キッチェがレプトの頭上を飛びながらそう言うと、レプトの巨体は掻き消え、後には体高2メートル、長さ10メートルほどの縮小版レプトの姿があった。
「これが本体ですか!」
「ちょっと待てステファーノ!……キッチェ、もう攻撃はしてこないんだろうな?」
「しないわよ。今までだって、ちゃんとアンタたち外して攻撃してたんだからね!」
目を輝かせて近寄ろうとするステファーノの首根っこを掴んで引き止め、確認を取るアルに、憤慨したようにキッチェは腕を組んだ。
「一応、紹介しとくわね。この子はクルム。ルルナスの森の主のひとりよ」
「どうも!初めまして、ステファーノ・アズウェルと申します!」
喜び勇んでさっそく挨拶に行くステファーノを生暖かく見守って、キッチェはため息をついた。
「とりあえず、泉に戻るわよ。聖女の試練が終わったら、聖女はあそこから帰ってくるんだから」
キッチェに言われて、一行は銀の泉に向けて歩き出した。レプト――クルムもおとなしくついてくる。
「……まぁ、今のは確認みたいなもんね。勇者は覚醒してることがルルナスの森に入る条件。その勇者がどういう戦い方をするか、森の主の姿を見極められるか」
「見極められない勇者様もいらっしゃったのでしょうか?」
「そりゃあいたわよー。相性もあるしね。アンタの国から来た……えーと、ナントカモン?アイツも駄目だったなー。蛇とか長いのが駄目だったらしくて、足ガクガクしちゃってさ。……でも、聖女が戻ってくるまで、何日も泉を死守してた。頑張り屋さんだったな」
懐かしそうに話すキッチェの声は優しい。
この、小さな精霊は――聖剣の試練を司ってきた彼女は、すべての勇者や聖女を記憶し、この霧の中だけで暮らしているのだろうか。…独りぼっちで……?
「ねえ、キッチェ。この森って、キッチェ以外の精霊はいないの?」
「精霊?…精霊はいないわねえ。でも、レプトがいるし、なんかよくわからないのもいるし、よその精霊や神々も時々遊びに来るし。結構賑やかよ?ここも」
「そっか、キッチェ、ぼっちじゃないんだね?」
「ぼっち言うな!」
「いったー!なんで蹴るんだよ!心配したのに―!」
「うっさいわね!」
ぎゃんぎゃんと騒ぎ始めた二人を見やって、オルグはくすりと笑った。
主である幻獣レプトの正体には驚いたが、無事に終わったこと自体には安堵している。
てっきり、レプトは聖女の試練に現れるものと思っていたが、では今依那は何と戦っているのだろうか……。
オルグは、依那が聖女の試練を無事潜り抜けると確信していた。
人の子も亜人も…そしてスフィカの心さえ開いた彼女なら、試練を切り抜けられぬはずがない。
だったら……なんだろう。この、心のどこかに引っかかる……なにか、ほんのかすかな棘のような…………違和感……?
「……どうした?」
「え……」
不意に隣からかけられた声に、オルグは驚いた。
「なんか、深刻そうな顔してたぞ。お前」
「いえ……」
ちょっと迷って、オルグは結局微笑んだ。
「エナ殿が、試練で何と戦っているのだろうと……てっきり、レプトが相手だと思っていたので…」
「あー…確かにな…」
がしがし頭を掻いて、アルもにっと笑い返した。オルグの大好きな、ちょっと不敵な笑顔で。
「まあ、何と戦ってるにしろ、アイツなら無事帰ってくるだろ」
「そうですね。その点は心配していません」
「兄様たち、置いて行きますわよー!」
いつの間にか少し遅れていた二人を、レティが呼ぶ。
それにこたえて足を速めながら、オルグは知らずため息をついた。