泉の試練 1
「ちょっとチュチュ!どっか隠れるとこないのー!?」
颯太たちがレプトに遭遇していた頃。
依那はもう一匹のレプトから必死で逃げていた。
「ないですー。にげるしかないですー」
小脇に抱えられ、チュチュはのほほんと答える。
「緊張感がない!!!」
「そんなこと言われても―」
木と木の間を縫って、ジグザグに走る。
救いなのは、チュチュがほとんど重さを感じないくらいに軽いことと、追ってくるレプトが本気を出していないことか。
怒ったら時速50キロ近くで追ってくると聞いていたが、依那が走って逃げられているということは、今は時速10キロ前後だろう。
だったらこのままどっかでやり過ごして……と思ったとたん、レプトは酸を吐いた。
依那の斜め後ろで、びしゃりと酸をかぶった木が倒れ、岩が溶ける。
「!?」
「レプトの酸は強力ですー。当たったら、ひとたまりもないですー」
「ちょっ……ここ、チュチュの領域って言ったよね!?チュチュは当たっても大丈夫とか、ないの?!」
「ないですー。チュチュも当たったら溶けますー。チュチュなんか、一発で死にますねー」
「笑って言うことか―!!!」
走りながら、依那はかんしゃく玉をいくつか取り出した。
振り向きざまに麻痺の効果のかんしゃく玉を投げつける。
「よしっ!」
ちょっとレピトの動きが止まったところで、手近な岩の向こうに回り、チュチュを下ろす。
「チュチュはここで動かないで!」
叫んで、チュチュの足元に身体強化と結界と即死回避のかんしゃく玉を投げつける。
破裂したかんしゃく玉から魔法陣が現れてチュチュの身体を包み込んだ。
「絶対、動いちゃだめだからね!!」
そう念を押し、依那はレプトへ向かって走り出した。
案の定、麻痺のかんしゃく玉はちょっと驚かせたくらいの効果しかなかったらしく、依那を見失ったレプトはきょろきょろとあたりを見渡している。
腰の剣を抜き、まずは物陰からレプトの動きを観察した。
なにしろ、逃げるのに忙しくて、まったくレプトの動きを見る余裕がなかったのだ。
ただ、後ろからあの巨体が追ってきているのに、最初の時以外木が倒れる音がしなかった。
…ということは。
「あ」
ずるりと動き出したレプトの巨体がするりと木をすり抜けた。
まるで実体がないみたいに、木々の間を避けることもなく進んでくる。
「…ほんとに、すり抜けるんだ…」
――レプトは、木々をすり抜けるの。もちろん、こっちの攻撃もすり抜ける
フェリシアの言葉が耳に蘇る。
――幻覚だと思って逃げるのをやめると、酸をかけられて――
「つまり…存在はしてるんだよね……?実際はもっと小さいってこと……?」
ちょっと考えて、依那はチュチュを隠した岩陰から離れた方向へ誘導するべく、わざとレプトの前を駆け抜けた。
案の定、レプトはゆっくりと向きを変え、依那を追ってくる。
自分に身体強化と加速をかけて、依那は真っすぐに走った。
さっき目星をつけていた、密接して生えている二本の木の間をすり抜ける。
100メートルほど駆け抜けたところで振り返ると、レプトがその木を回避するところだった。
「やっぱり!!」
レプトは、見た目通りの大きさではないのだ。
巨大な見かけは多分幻覚で、本当はもっと小さい。
だから、木々をすり抜けたり攻撃が素通りするように見えるのだ。
実体の大きさは、あの木の間を通り抜けられなかったことから、多分直径2メートル程度――長さは判らないけど。
「あとは……どこが本体か判れば……」
いちかばちか、依那は真っ正面からレプトに向かって突っ込んだ。
地上から1.2メートルくらいの高さを狙って横薙ぎにする……が、手ごたえはない。
少し頭をもたげたレプトを見て、依那は慌てて撤退した。直後に酸の攻撃が来る。
レプトの横を駆け抜けるようにして後方へ向かい。
「うひゃああああああ!!」
悲鳴を上げながらレプトの身体(幻覚)の中を駆け抜ける。
幻覚だと判っていても気持ち悪い!!!
レプトの身体の幻覚を抜け振り向くと、レプトは依那を追って振り返ろうとしていた。
あの図体の幻覚ごと振り向くの?それとも……
レプトは頭の数メートル分だけ曲げたところで、ふっと姿を消した。そして数秒後、向き直った状態でまたその巨体を現す。
「よし!わかったぁ!!!」
再度向かってきたレプトに駆け寄り、幻覚の肉体の中に駆け込む。
そしてそのまま方向転換して真横へ。
レプトから見たら、真っ正面から向かってきた獲物が急に向きを変えて右へ逃げたような形になる。
咄嗟に追いかけようと向きを変え……本体の向きを変えたところで幻覚を消し、再構成する――依那の狙っていたのは、その一瞬だった。
「そこまでよ!」
右へ逃げたと見せかけて即座に戻っていた依那は、レプトの本体に直接麻痺玉を叩きつけ、その喉元に剣を突き付けた。




