チュチュのお願い
「あ…ありがと…」
とはいえ、にぱっと無邪気に笑うチュチュは、5,6歳の少女……というより、幼女?のような見かけだ。
若草色の、ふわふわ巻き毛のショートカット、白いノースリーブのワンピースにはだし。
アレだ。アルプスの女の子を思い出してしまう。
安心しろと言われても、まずはこの子の保護者を探したくなってくる。
第一、お願いってなに!?
「えーと……チュチュは精霊…なの?」
「ん-と…精霊……とはちょっと違いますー。チュチュはー、元はドリュアスでしたー。聖女は、ドリュアス、知ってますかー?」
「うん、樹人族……だっけ?会ったことはないけど」
「そうですそうですー。チュチュはそのドリュアスだったのですー。ドリュアスは、こういう別身体とは別に本体となる樹があるのですがー。チュチュはむかーしに、その本体を切られてしまったのですよー」
「ええっ!」
のほほんととんでもないこと言われて依那は驚いた。
「それ、大丈夫なの?本体切られちゃって!?」
「大丈夫じゃないですー。普通は死にますー」
あはははーと笑ってチュチュは言う。
「チュチュの本体は立派な樹だったのでー。おうちを作るのにもってこいだと言って、人間に切られてしまったのですよー。今はレヒトの神殿で、告解室になってるらしいですー」
「うう……なんか……ごめん」
「なんで謝るですかー?聖女が切ったんじゃないですー。それに、ドリュアスの本体を切ったと聞いて、優しい人間が、チュチュの本体の一部を取り戻してくれたのですよー」
そう言って、チュチュは懐から15センチくらいの木彫りの像?を大事そうに取り出した。
「優しい人間が、チュチュの本体をルルナス様の形にしてくれたですー。これのおかげで、チュチュは生き永らえましたー。亜人はほんとはこの森に入れないのですがールルナス様がチュチュをこの森に置いてくれたですー。だから、この森の中でなら、チュチュは生きていけるですー」
「……そうなんだ……」
依那はチュチュの手の中の木像をじっと見つめた。
ルルナス様、を象ったと言われたが、ずっと肌身離さずたいせつにされてきただろう木像はすっかり角が丸まってしまって、元の形もよくわからない。
「……でも……亜人が入れないなら、他のドリュアスはここにいないの?シナークにドリュアスの里があるって聞いたけど、そこには行けないの?」
「ほかのドリュアスはいないですー。……でも、いいのですー。チュチュはここにいるのですよー。お友達もいるですからー」
「……そっか……」
チュチュが独りぼっちではないと聞いて、依那はほっと息をつく。
「で、話を戻すけど、お願いってのは……」
言いかけたとき、ふいに地面が揺れた。
「…地震……?」
咄嗟にチュチュを抱き寄せてあたりを見渡す。
「…地震……じゃない……のかな?」
そのとき、すこし離れた梢から数羽の鳥が飛び立った。
同時に、バキバキと木の倒れる音。揺れる地面。なにか、巨大なものが向かってくる気配。
「……まさか……」
「はいー、そのまさかでーす」
にこにことチュチュが言い放った瞬間。そいつは姿を現した。
10階建てのビルくらいの高さのある、巨体。肉色の、なんかしっとり湿ってそうな肌。
その巨体の真ん中は直径20メートルほどの口で、鋭い歯が生えている。
おそらくこれが―――
「幻獣…レプト!?」
「知ってたですかー?聖女は物知りですー!そうです、これがレプトですー!」
咄嗟にチュチュを抱えて逃げ出した依那の腕の中で、楽しそうにチュチュは笑って手を叩いた。
「これがチュチュのお願いですー。たすけてくださーい。レプトを鎮めて下さい、それだけですー」