優しい嘘
翌朝早く、試練の一行はキッチェの隠れ家を出発した。
「あんたたち、忘れ物はないでしょうね!」
頭の上でふんぞり返る小さな案内人に、颯太はため息をつく。
「もー、なんで乗るのさ、そこ」
「いーじゃない!こんな愛らしい精霊に乗っかられるなんて、光栄に思いなさい!」
「レティ、かんしゃく玉持った?」
「はい、エナ姉さま」
キッチェに絡まれていやそうな颯太はほっといて、依那はレティの準備確認に余念がない。
驚いたことに、キッチェの隠れ家では魔法が使えた。
ステファーノ曰く、霧が入ってこないから、らしい。ということは、魔法を阻害しているのはあの霧なのか…まぁ、難しいことは横へ置いといて。
魔法が使えると判って、真っ先に一同が取り組んだのは、レティとステファーノの防御強化だった。
あの襲撃の折、ファティアスは真っ先にレティを狙ってきた。
それが、単に直接戦闘に向いていない彼女を狙ったのか、レティ個人を狙ったのかは定かではないが、魔法が使えない以上身を守る術を講じておくに越したことはない。
考えた末、一同は昨夜遅くまでかんしゃく玉作成に精を出したのだ。
かんしゃく玉(命名:颯太)――ケチャの実という木の実の殻に、魔法を詰めたものだ。
この実は固いわりに衝撃に弱く、押しても潰せないが、地面に叩きつけると簡単に割れる。
そのため、ハンでは中に火薬やら火種を仕込んで手榴弾や煙玉として使用したりするらしい。さすがお庭番。
そのケチャの実が隠れ家の近くに大量に生っていたため、みんなしていろんな魔法を詰め込んだのだ。
「いい?赤いのが結界、白いのが回復、黄色いのが即死除け。敵が現れたら、すぐ使って!」
「はい、まずは黄色、その次に赤ですわね?」
「承知しました」
昨日のことがあっただけに、レティもステファーノも真剣に頷いた。
「今まで、いろんな魔法具持ち込んだ奴はいたけど、作ったのはあんたたちが初めてよ」
非常識!と言いたげなキッチェだが、気にしない。
非常識だろうが規格外だろうが、安全第一なのだ。
「よし!出発!」
「ちょっと!仕切んないでよ!」
ぎゃあぎゃあ言い合いながら歩いて行く依那とキッチェを見守って、最後尾からステファーノは人知れずほっと息をついた。
あのとき――――
颯太を眠らせたあと。
眠る四人を長いこと眺めて、アルは彼らの記憶を消した。
都合のいい――アルがハンの王宮から持ち出してきた魔法具でオルグの怪我をなかったことにしたのだと――危機一髪でオルグは助かったと、嘘の記憶を植え付け。
そして、ひっそりと決別したのだ。
ともに生きていきたかった従兄弟と。
目に入れてもいたくないほどに可愛い従姉妹と。
弟のように思っていた少年と。
……こころからいとおしいと思っていた少女と。
ここから、きっとゆっくりと…ゆっくりと、彼らとアルの道は離れていく。
そして、すべてが終わったら……人知れず消えるつもりなのだ。この、神を宿した、まだたった19歳の青年は。
「………っ……」
こみ上げた声を噛み殺し、ステファーノは強く鞄の肩紐を握り締めた。
ステファーノは自分の立場を良くわかっている。
自分が傍観者で、記録者でしかないことも、アルになにもしてやれないことも。
…………ただ。
ひとつだけ、ステファーノには気がかりがあった。
それはオルグの―――ー
「何か来る!」
颯太の声に思考を乱されて、ステファーノははっと顔を上げた。