枢機卿との対決
姫様が本気出してまいりました!
「まあ!お父様の伯父様賛美に遭われたのですか!」
次の朝。
日課の礼拝に向かいながら何の気なく昨夜の話をすると、レティは目を丸くして驚いた。
「申し訳ありません。お恥ずかしいところを…」
「謝ることないじゃない。仲のいい家族でいいなあって思ったよ」
「オルグ兄様もお父様も、家族馬鹿なのですわ」
ほんのり頬を染めながら、レティはため息をつく。
「わたくしは直接言われることはないので、まだよろしいのですが……アル兄様には直接おっしゃるものですから、そのたびにアル兄様が逃げ回ってるのがお気の毒で……」
「あ~~……」
――――アレを。
直接。
そりゃ逃げたくもなるだろうなぁ、と苦笑しながら礼拝堂に入る。
「今日はあの村へ行くの?」
「はい、土地を祝福する必要がありますので…」
「姫様!」
レティの話を遮るようにかけられた声。
見れば、祭壇の前にラウレス枢機卿が仁王立ちになっている。苦々しい表情を隠そうともしていないところを見るといい話ではないのは明白だ。
「なんでしょうか」
「昨日からずいぶん勝手な真似をなさっているようですな」
言いながらラウレスは真っすぐこちらへ近づいてくる。
「あの村への人員派遣と礼拝所の設置ですよ。困りますなあ。貧民院に任せておけばよろしいと申し上げたでしょうに」
レティの目の前まで来て、ラウレスは囁くように声を潜めた。
「ご一存で教会を動かすとは……まるで、あの方のようですなぁ……?」
――――あの方。トーリア姫。レティを縛る呪縛。………だが。
「わたくしは、トーリア様とは違います」
顔を上げ、凛としてレティは答えた。
「わたくしは、小聖女筆頭で、この国の王女です。人員派遣も礼拝所の設置も、国として正しいことでした。……もう、その言葉は効きませんよ。ラウレス枢機卿。わたくしは小聖女として、王族として正しいことをするのに遠慮はしないと決めたのです」
「なっ……」
「今からわたくしは祝福を与えるため、あの村へ向かいます。聖法官と司祭の手配をお願いします」
「そのようなことは私が決める!」
真っ赤な顔をしてラウレスは叫んだ。
「私は枢機卿ですぞ!?私の言葉に背くということは、教会を…ひいては聖女様を蔑ろにしているということですぞ!」
「あら?私、レティに蔑ろにされたことなんて一度もありませんけど?」
「エナ様?」
黙っていられなくて、依那は後ろからレティの肩を抱いて参戦した。
「聖女を蔑ろにしてるのは、あんたの方でしょ。ラウレス枢機卿」
声を低くし、思い切り睨みつける。
「…ちょっと聞いたんだけど…あんた、『穢れ』にやられた地方都市や村の領主から、司祭派遣する見返りに賄賂もらってるんだって?それこそ教会の私物化じゃないの?」
言いながら、依那はポケットから出した小さな紙片をひらひらと振って見せる。朝方、ドアの下から差し込まれていた……いわゆる密告状だ。信憑性はさておき、ラウレスが難癖付けてきたときの牽制になればと持ってきたが……さっと顔色が変わったのを見る限り、本当だったのかもしれない。
「なっ……なんという言いがかりを!この世界を何も知らぬ小娘が!私は枢機卿だぞ!」
「ウン!何にも知らないから、トーリア様について、オルグさんに聞いちゃった☆」
にっこ―――っといい笑顔で依那は言い放った。
「なんと!殿下に告げ口するとは卑怯な!」
「え~?だって、しょうがないよね?『この世界に来て日が浅い』『何にも知らない小娘』なんだもん、私」
いや実際、言っちゃいけないことだって知らなかったし。
「この枢機卿たる私に向かって!なんたる無礼!聖女様とはいえ、ただではすみませんぞ!」
「……ただではすまないのは、どちらでしょうか?ラウレス枢機卿」
依那に指を突き付け、怒りのあまりぶるぶる震えるラウレスの言葉をぶった切ったのは、ひどく冷静な低い声だった。
「ストルーン神官長!」
「聖女様を小娘呼ばわりとは……無礼なのは貴方の方では?」
背後にブリザードが吹きすさんでいそうな、冷たい視線でラウレスを射抜き、サーシェスは礼拝堂の中へと足を進めた。
「大聖堂まで怒鳴り声が聞こえるから何事かと思えば………姫様を脅迫し、聖女様を辱めるとは…」
「ち……違います!誤解なのです!ストルーン殿!あれはただの言葉の綾で……」
「……誤解……?」
「ひっ」
竦み上がるラウレスを絶対零度の視線で一瞥して、サーシェスは指を鳴らした。途端に神官たちが礼拝堂に駆け込んできてラウレスを取り押さえる。
「誤解かどうかは、しっかり調べさせていただくとしましょう。それまでは謹慎を申し付けると、殿下のご判断です」
「き……謹慎だと?そんな……この私が…ええい、放せ!放さぬか無礼者!」
ぎゃあぎゃあと往生際悪く暴れるラウレスだったが、騎士の一人に軽々と担ぎ上げられ連行されていった。
「……さて」
やっと静かになった礼拝堂で、サーシェスはふう、と息をついた。
「朝から申し訳ありませんでした。聖女様、姫様」
「いいえ、助かりました。ありがとうございます。サーシェス様」
「サーシェスさんが謝ることじゃありませんから!こちらこそ、お騒がせしてすみませんでした」
依那とレティに深々と頭を下げるサーシェスはいつも通りのクールビューティで、先ほどの恐ろしい雰囲気は微塵もない。
「聖女様……それをお預かりできますか?」
「え?あ、これ?」
それ、というのが手の中の密告状だと気づいて、依那はそれをサーシェスに手渡した。
「朝、ドアの下に滑り込ませてあったの。誰からかは判らないけど……知らせてくれた人にとばっちりが行くことはないわよね?」
「まさか。情報提供者は丁重に扱うとお約束しますよ」
そうは言うものの、サーシェスは依那から目を逸らし、心なしか引き気味だ。
……もしかして、ガラ悪すぎて引かれたか?
刑事課のおっちゃんたち仕込みのガンつけはまずかったかもしれない。
「……サーシェス様…エナ様が困ってらっしゃいますよ?」
「え、いやでも……あの……」
レティの言葉に、サーシェスはらしくもなく視線をあちこちへと彷徨わせた。
「その……前回聖女様には大変な不調法をしでかしましたので……」
……どう対応したものか……と……
さっきまでの冷静さが嘘のように尻つぼみに小さくなる声。
どうやら手にキス事件で依那がひっくり返ったのをまだ気にしていたらしい。
「……っく……あは、あはははは!」
悪いとは思ったもののおかしくて、依那はたまらず笑い出した。
「エナ様?」
「…気にしないでください。びっくりしただけだから。聖女様ってのもやめて、普通に接してくれれば十分です。まぁ、キスとか抱っことか、そういうのはナシの方向で」
「……わかりました。聖女様……いえ、エナ様。あなたの仰せのままに」
ホッとしたように笑って、今度こそサーシェスは依那の目を見た。
「では、馬車の用意をしてまいります。村へ行かれるのでしたら、神殿からも何人か人をつけましょう」
綺麗なお辞儀をして、サーシェスは踵を返す。
その後ろ姿を見送って、依那はぽん、とレティの頭を撫でた。
「……かっこよかったよ、レティ」
「いいえ、かっこよかったのはエナ様です」
ふるふる、と震え、レティはがばっと顔を上げた。菫色の瞳をキラキラさせて。
「あのっ……あの!お姉様って呼んでもいいですか!」
「は?」
………………はぁ?




