さよなら
「…………身体……起こせる……?」
長い沈黙の末、やっと依那はそう言った。
「……おう」
まだ力の入らなそうなアルに手を貸して上半身を起こさせ、背中にクッションやら枕やらを重ねて寄りかからせる。
左肩から胸、腹までを覆う包帯はかなりの広範囲に血が滲み、傷の深さを思わせた。
「……大丈夫だ。血は止まってる。……見た目ほど酷い怪我じゃねえよ…」
「…そんなわけないでしょ。この怪我で、オルグさん…死んじゃっ…た…のに……」
唇を噛み締め、そっと依那はアルの包帯に震える手を伸ばした。
すると、包帯は指が触れたとたんにするすると解けはじめ、見る間にアルの腰の周りに小さな山を作る。
「………う……そ……」
包帯の下から現れたアルの肌には、もう無残な傷口はなかった。
肩口から胸にかけて、赤い傷跡は走っているものの、出血も肌の引きつれもない。
古い傷跡だと言われれば納得するような、そんな見かけだった。
「……ほら…な。もうほとんど傷は治ってる。…体力が戻ってないだけだ」
おそるおそる指先で傷をなぞってみても、かすかな凹凸が触れるだけ。治っている。本当に。
「………う……」
安堵していいはずのその事実が、逆に依那を打ちのめした。
「……お…おい?」
突然ぼろぼろ泣き出した依那にアルが慌てる。
「エナ?」
「……とに……ほんと……なんだ…ね……」
………本当に……神さまを…宿しちゃったんだね……
「………おう」
「……もう……人間、じゃ……ない…の…?…いっしょに……いられ…なっ…の……?…」
「………悪いな」
「……う……うぇっ……うええええええっ……」
諦めたような微笑みに、依那は声を上げて泣き出した。
「お…おい、エナ…」
……このひとが。
誰よりもつらい体験をして、必死で立ち直って。
口が悪くて、粗雑で、でも優しくて、暖かくて――人間が大好きな、このひとが。
ひとではなくなってしまった。
神を宿して、もう、一緒に戦うことも、心から愛する従兄弟たちと同じ時間を生きることもできない。
「そんなに泣くなよ、頼むから」
髪を梳く、優しい手。
引き寄せられて、肩に顔を埋めさせられたら、泣き止むなんてできない。
「いかっ…行かな……でっ………どっか行っちゃ…やだ……や…一緒が…いいっ…いっ……いっしょ……に…っ…」
泣きじゃくりながら、必死で懇願する。
行かないで。一緒にいて。戦えなくてもいいから、離れないで。傍にいさせて。
「………エナ…っ」
苦し気に名を呼ばれ、髪を撫でる手が後頭部に回る。
瞬間、息ができないくらい強く抱きしめられた。
「……俺は、お前がいとおしい」
至近距離から見つめる緑の瞳に、涙の膜に情けない自分の顔が映る。
「………だから………幸せになってくれ…」
ひどく優しい声とともに、そっと唇に暖かいものが触れて―――
「………モルファ…」
依那の世界は暗転した。




