案内人が現れた! 1
「……案内人、来ないねえ…」
どれくらい歩いただろうか。
頃合いを見計らい、試練組はルルナスの森の中で野営を始めていた。
「方角自体は正しいはずだが……」
「もう少し、霧が晴れてくれるといいんだけどね」
焚火に木をくべながらエナがあたりを見渡す。
「でも、エナ姉さまやソータ様が野営に慣れていてくださって、助かりますわ」
レティがホッとしたように言うのも無理はない。
魔法が使えない、というのは本当で、エルクすら使えない状態では火を熾すのも一苦労だっただろう。
だが、依那も颯太もサバイバル発火法には慣れている。オルグが魔法具を出すまでもなく、ちゃちゃっと火を熾し、焚火を確保していた。
「ほんとに……私たち、役立たずですみません」
仕事を全部姉弟と従兄弟にとられ、兄妹はすみっこで小さくなっている。
「馬鹿言ってんじゃねえよ。ほら、できたぞ」
苦笑しながらアルがそんな二人に熱いスープを渡す。
「殿下、お料理上手ですね」
「あー。昔ザウトのおっさんに仕込まれた」
あそこまでは無理だけど、と言いながら、アルも自分のスープに口をつけた。
「ほんと、美味しいわねー!おかわり!」
「早ぇな!」
元気な要求に笑いながら器を受け取ろうとして………アルは固まった。
自前らしい、みんなのものよりも二回りほど小さい木の器をアルに突きつけ、スープのお代わりを要求している、小さな闖入者の姿に。
「「「「「誰!?」」」」」
思わず全員の声がハモった。パンをくわえたステファーノを除き。
「やーやー、こんばんわ!それより!ねえ、おかわり!」
唖然とする一同に、にこやかに挨拶したソレは、ぐいぐい器をアルに押し付けて要求する。
「ねーってば!おーかーうわっ!」
その要求が途中で悲鳴に変わったのは、いち早く我に返った颯太がそれを片手でつまみ上げたからだ。
「アル兄、知り合い?」
「い……いや。なんだそいつ?」
「…ピクシー…でしょうか?でも亜人はこの森に入れないはず……」
「虫……じゃないよね?」
「しっつれいね!妖精なんかと一緒にしないでよ!」
颯太につまみあげられて、ソレはジタバタ暴れる。
「…離しな…さい、よっ!」
「いてっ!」
器用に颯太の手を蹴っ飛ばして、ソレはふわりと舞い上がった。
「あんたたち、失礼が過ぎるんじゃなくて?このあたしに向かって、妖精、とか虫、とか!」
腰に手を当て、ふんぞり返ってソレはぷんぷん怒っている。
「えーと……どちらさまでしょうか……」
恐る恐る依那が尋ねると、ソレはますますない胸を張った。
「…知りたい?知りたいわよね!……いいわ。教えてあげる!あたしの名はキッチェ!このルルナスの森を支配する、キッチェ様よ!」
どやさ!とばかりにドヤ顔をするキッチェに、一同は静まり返り……それから、顔をそむけた。
「オルグ、お代わりいるか?」
「お願いします」
「兄様、わたくしも」
「あ、オレもー!」
「聞けよ!オイ!!」
見事な無視っぷりにキッチェは空中で地団太を踏んだ。
「んだよ、ウゼエな。腹減ってんだったら、お代わりやるからあっち行け」
顔の横にまとわりつかれて、アルが嫌そうにしっしと手を振る。
「!酷い!ウザエって言った!ウゼエって!!この愛らしく幼気なあたしに!!」
「……ああもう、なんなんだよ。お前は」
あまりのうるささに、その手から器を奪い取ってお代わりを渡してやると、キッチェはコロっと機嫌を直して器を抱え、スープを食べだした。
「…これも食べる?」
「ありがと!アンタ、気が利くわね!さっき虫って言ったの、許してやるわ!」
依那がちぎったパンを渡してやると、キッチェはご機嫌でパンを受け取った。
「おい、餌付けするなよ」
「餌付け言うな!!」
ぎゃーぎゃー言いながらもパンとスープ(もう一回お代わりした)を平らげ、やっと満足したらしいキッチェは改めて一同に向き直った。
「………で?なんなの。お前」
「あ、それあたしもちょーだい」
「…いろいろ、持ってるんだね」
レティが淹れたお茶に、すかさずマイカップを差し出すキッチェに颯太が呆れる。
お茶を一口飲んで、キッチェはやっとアルの質問に答えた。
「仕切り直すわね。あたしはキッチェ。このルルナスの森に君臨する、霧の精霊よ!」