友達
「……わたくしは……ね…」
ややあって、膝を抱えるように座り直し、フェリシアは話し出した。
「わたくしの父様は、わたくしのことなんて、全然眼中になかったの。母様が怒り狂うから、ほとんど会ったこともなかったし、じっさい、どんな方なのかも知らないし。……でも、人間の勇者を死ぬほど……ほんとに、死ぬほどよ?愛してたのは、知ってた。……ずうっと…馬鹿だなぁって思ってたわ。…人間なんか、すぐおじいちゃんになって、すぐ死んじゃうのに、って」
実は、フェリシアはほんの子供の頃に2度ばかりアーサーに会ったことがある。
1度目は、彼が役目を終えてクルトに来たばかりの頃、2度目は晩年――彼が死ぬ、数年前のことだった。
「勇者は…変わった奴で、にこにこ笑って……わたくしの頭を撫でようとして、辞めたの。頭を撫でるのは、父様にゆずるよ、って……父様は撫でてくれたことなんて…一度もないけど…」
「フェリシア様……」
「……でもね。……今なら、わかる気がする。人間も、エルフも、関係ないのね。ずうっと一緒にいたいって思うのに…」
「フェリシア様!」
がしっと、シャノワはフェリシアの手を取った。
「わたくしは……わたくしがおりますわ!わたくしは、ずっと、ずうっと、フェリシア様のお友達です!お呼びくだされば、どんなに離れていてもお傍に駆け付けますから!」
「…シャノワ…」
「ほんとです!本当に、わたくし、すぐに駆け付けますから!鈍くさいって言われてますけど、結構、足は速いんです!」
「……シャノワったら…」
真剣に言い募られて、フェリシアは笑い出した。
「ほんと……変な子ねえ、あんたって…」
「!……す……すみません…フェリシア様……」
真っ赤になり、シャノワはしおしおと萎む。
……勢いで「お友達」なんて言ってしまったが…この美しいエルフの姫にとっては、迷惑だったに違いない。
「ほんと、馬鹿な子。馬鹿で可愛いシャノワ。大好きって意味よ」
だが、エルフの姫君はそう言って、カナンの姫の額にキスした。
「……じゃあ、シャノワにも、これあげる」
どこからか取り出した緑の小箱を開け、フェリシアはそっと何かをつまみだした。
「フェリシア様?それは?」
「これ?これはわたくしの宝箱。……そうね、シャノワには見せてあげる」
お友達だから特別よ、と笑って、フェリシアはベッドの上に小箱の中身を並べた。
「これは、エナが涙を拭いてくれたハンカチ、これはソータがくれた小石。……良く飛ぶんだって。それから、こっちがステファーノのくれた目薬。レティのくれた飾り櫛と、アルのくれたメモ」
本来は宝石や、高価なアクセサリーが入るはずの小箱。
だが、そこに入っていたものは、そんなこまごまとした小さな品々だった。
「はい、これ」
そんな中から、薄い桜色の貝をつまみだして、フェリシアはシャノワに渡す。
「エナにあげたのと、同じ。どんなに離れてても、声を届けてくれるから」
「ありがとうございます!!フェリシア様!宝物にいたします!」
受け取った貝を胸に抱きしめて、シャノワは目を輝かせた。
「わたくしもなにか……」
「ああ、いいわよ、シャノワ。物々交換じゃないんだし」
言いながら、きょろきょろとあたりを見渡していたシャノワは、不意に立ち上がり、衣装箪笥に駆け寄った。
ごそごそと荷物を漁り、何かを取り出す。
「フェリシア様、これを!」
そう言って渡されたのは、色鮮やかな美しい組み紐だった。
「その……わたくしが編みましたの。素人細工なので不揃いですが……ファボアの力を編み込んでありますので、きっと御守りくらいにはなりますわ」
「……ありがとう、シャノワ」
飾り紐をぎゅっと握り締めると、フェリシアはそれを大事そうに宝箱にしまい込んだ。
「……よし!これでオルグから何かもらえば、王族コンプリート!」
「姫様!それ違いますから!」
「なに目指してるんですか!姫様!」
しんみりした雰囲気を払拭するように明るく言うフェリシアに、つい今しがたまで部屋の片隅で感涙に咽んでいた従者ペアが見事なツッコミを入れる。
明るい笑い声が起こり、レーヴェの夜は平和に更けていった。