残されたふたり
一方、レーヴェでは。
一行が旅立った扉をじっと見つめていたシャノワは、ぽん、と肩を叩かれて振り返った。
「……さ。行こ、シャノワ」
「…フェリシア様…」
「……大丈夫。エナは無事帰ってくるって言ったもん」
ぐいぐいと強引にシャノワの手を引き、フェリシアは祠に背を向ける。
「……だから、わたくしたちは無事レヒトについて、エナたちが帰ってくるのを待たなきゃ」
気丈に前を向くフェリシアだったが、そのエルフ特有の耳がしょんぼりと下がっているのに気付いて、シャノワははっとした。
そうだ、寂しいのは、心配なのはわたくしだけではない。
「ロザリンド、エリアルド様。この後の手筈はどうなっておりますの?」
「はっ!本日はレーヴェでもう一泊していただき、明日の早朝レヒトへ出立する手筈となっております」
「明日からまた3日間は野営になりますでしょう。今日のところはゆっくりお休みください」
「わかりました。騎士の方々も、本日はゆっくりなさってください、とお伝えください」
そう言って、宿へと向かいながら、もう一度だけシャノワは祠を振り返った。
「どうか……ご無事で……」
そう祈らずにはいられなかった。
「シャノワ―!一緒に寝よ~!」
その夜。
唐突にノックもなくドアを開け乱入してきたエルフの姫に、シャノワはあっけにとられて目を丸くした。
「姫様!せめてノックを!」
「こんな夜分に失礼ですよ!」
当然のごとく、あわあわする従者二人も一緒だ。
「フェ……フェリシアさま……?」
「昨日まで、エナやレティやソータがいたのにさ。なんか、エンデミオン組がいなくなったら急に静かになっちゃって」
シャノワ、寂しいでしょ?とか言うけれど。
「……お寂しいのですね、……フェリシア様」
そう微笑むと、フェリシアはぱっと赤くなって、そっぽを向いた。
「シャノワ、意地悪い!」
「ごめんなさい、フェリシア様がお可愛らしくて」
くすくす笑いながらシャノワはフェリシアとお付きの二人を部屋へ招き入れた。
「夜分ですから、お茶よりはミルクの方がよろしいですわ」
そう言って、シルヴィアが出してくれた、花の蜜入りのホットミルクを飲み、他愛無いおしゃべりに花を咲かせる。
くだらない話で笑い転げて、シャノワのベッドにひっくり返って、フェリシアはほう、とため息を漏らした。
「……明日は、レヒトへ出立して…5日くらいかな、レヒトまで。そこで、エナたちを待って……エナたちが帰ってきたら…おしまい…かぁ…」
「え?」
「だって、そうでしょ?エナたちには魔王と戦うっていう使命がある。聖剣の試練が終わったら、エンデミオンに帰って……そのあとは……」
「あ……」
……そうだ。なんで今までそのことを考えなかったのだろう。
エナとソータは…異世界から召喚された、聖女と勇者だ。
聖剣の試練が終わったら、彼らは、いずれ魔王との戦いに臨む。
二人だけではない、レティも、アルも……そしてオルグも、死ぬかもしれない戦いに身を投じることになる。
「わたくし……すっかり忘れておりました…皆様が向かわれたのは、聖剣の試練。決して遊びではないというのに……」
シャノワはベッドに座り込んで顔を覆った。
「…わたくしったら……こんなに楽しいのも、誰かと時間を忘れておしゃべりするのも初めてで……浮かれて……」
「…うん。わかる」
そんなシャノワの頭を抱きしめて、フェリシアは笑う。
「…わたくしも、初めてだもの。…わたくし、エナに会うまでは本当に嫌な子で…ワガママし放題で、偉そうで、皆に嫌われてて…お友達なんて、一人もいなかった」
――いいとこないじゃん。あんた、それでいいの?
今でもはっきりと覚えている。
初めて、怒鳴りつけられた。叱り飛ばしてくれた。お尻を叩かれた痛みも、頭を撫でてくれた、優しい手も、全部。
「エナといると、初めてのことがいっぱいで、楽しくて、嬉しくて……ずっと、このままでいたいなあって…」
「で……でも!エナ様やソータ様や皆様方なら……きっと、魔王を倒して無事に戻られますわ!絶対に!」
「でも、そしたらエナとソータは帰っちゃうのよ?」
「……あ……」
二人はしょんぼりと肩を落とした。




