申し出
翌朝、神殿での朝の礼拝と朝食を終えるといよいよ選別の儀式が始まる。
「カイドウ殿」
皆が準備に余念がない中、オルグは静かな声でカイドウを呼び止めた。
「お二人はこのまま砦に戻られますか?」
「いや、俺たちもレヒトで勇者たちを待とうと思う」
トクサと頷きあい、カイドウは口を開いた。
「…俺たちは、カナンでは迫害…とまではいかないが、差別的な扱いを受けてきた。そのせいもあって人族にはあまりいい印象がなかったんだが…勇者や聖女、あんたたちを見て…少し考えが変わった。俺たちも、あの勇者が試練を乗り越えるのを見届けたいと思う」
「………そうですか」
目を伏せ、オルグはそっとあたりを窺った。
少し離れたところでアルとエリアルドがさりげなく人払いをしているおかげで、あたりにほかの人影はない。
「……実は……あなた方にお話ししなければならないことがあります」
オルグがその知らせを受けたのは、昨夜遅くのことだった。
どんな小さなことでも、何かあれば知らせよと命じておいた砦の隊長からの、緊急通信だった。
「…砦に残してきた、オーガの皆さんに対し、不穏な動きがあったそうです」
突然の知らせに、カイドウとトクサは顔色を変える。
「…ここは危険だと…何かあったらエンデミオンに逃げ込めと、カナン兵がこっそり子供に告げたそうです。そして昨夜、討伐の進軍のため、これ以上砦にオーガを置いておけぬ、朝には出て行くようにとカナン側から通達があったと」
「なんだと!翌朝すぐに!?」
「長もいないのに、女子供と若い戦士だけで?無茶だ!」
いきり立つ二人を片手を挙げて制し、オルグは静かに告げた。
「……皆さん…エンデミオンにいらっしゃいませんか」
「……は……?」
「…え?」
思いもかけない申し出に、二人は息を飲んだ。
「アルとも話し合い、国元にも伝えました。エンデミオンとて、楽園とは言いませんが…少なくとも、命を狙われるようなことはないと思います。あなた方が望むのであれば、シナークへ移住することも可能でしょう。アルはハン族に顔が効きますし、ドワーフやエルフの方々もきっと力になってくださいます」
「…そ……そんな…そんなことができるのか?」
「俺たちを…受け入れてくれるのか?」
「……事後承諾で申し訳ありませんでしたが、昨夜遅く、砦のオーガの皆さんをエンデミオン領内に移動させました。おそらく、子供に危険を告げたというカナン兵も、ぎりぎりのところで精一杯のことをしてくださったのだと思います。一刻の猶予もないと判断しました」
思わずオルグの腕を握りしめる二人に、オルグは苦笑した。
「女性や子供に強行軍を強いてしまいましたが……さきほど、無事ミルダーに到着したと報告がありました。……いたた…」
「………すっすまん!」
小さく声を上げたオルグに、二人は知らず力を込めすぎていたことに気付いて慌てて手を離した。
「では……仲間は…子供たちは…」
「74人全員、一人の欠けもなくミルダーで休んでいただいております。ジェット族とスウェラ族から何人か手伝いに来てくださるということですので、いったんラース湖の傍にでも落ち着いていただくのがいいでしょう」
「何から何まで……本当に、なんと礼を言ったらいいか…」
「俺たちは…キョウヒ族は終世エンデミオンに忠誠を誓おう。本当にありがとう」
涙ぐみ、トクサは鼻をすすった。
「……本当は……俺たちも、エンデミオンに受け入れてもらえたら、と思っていた。だが、命を救われ、砦に居候させてもらい、これ以上の迷惑はかけられぬと…とても…言い出せなかった…」
「……これで、俺たちはやっと…安心して暮らせる…本当にありがたい…」
「…感謝なら、どうかソータ殿とエナ殿…そして、我が従兄弟に」
目を潤ませるカイドウに、オルグはどこか誇らし気に言った。
「最初に、あなた方の今後を心配したのはソータ殿なのですよ。村が半壊してしまって、これからどうするんだろう、と」
――いつまでも、砦にいるわけにはいかないよねえ。
そう言って、颯太は心配そうな顔をした。
――シナークで受け入れてもらうことはできない?
隣でアルを見上げたのは依那だった。
――まぁ、八番目の部族として参入することは可能だろうが……
そう言って、アルは思案顔をした。
――それより先に…アイツらの身辺を警戒した方がいいかもな。襲撃を仕掛けた奴が誰にしろ、簡単にあきらめるとは思えん。
そのアルの助言があったからこそ、オルグは砦の兵たちにオーガへの目配りを命じておいたのだ。
「そして、気を付けてください。我らは試練に向かいますが、亜人はルルナスの森に入れない。レヒトへ向かうにも、また襲撃がないとも限りません。くれぐれも、油断のないように」
「……心得た。必ずレヒトでお前たちの到着を待つと誓おう」
真剣な顔で頷きあい、オルグはオーガと別れてアルの許へ向かった。