選別を受ける者
最後の野営地を朝早く発った一行は、昼前にはレーヴェに到着した。
昨夜は戻ってきたロザリンドにシャノワが泣いて謝ったり、何やら考え込んだエリアルドが焚火に突っ込んだりといろいろあったものの、ほぼ予定通りの到着にオルグは胸を撫で下ろした。
「皆様、お待ちしておりました」
村の入り口まで出迎えた、ダルム村長が丁寧に腰を折る。
「まずは神殿へご案内いたします。そこで祈りの儀式を受けていただき、本日はおくつろぎください。すべての準備を整え、明日、皆様方には選別を受けていただきます」
「…選別…?」
聞きなれない言葉に顔を見合わせる姉弟をよそに、オルグと村長の間で話が進んでいく。
「選別って……選別?餞別じゃないよね?」
「そういえば、選別の村って言ってたよね、ここ。何するんだろ…」
なかなか聞ける雰囲気ではないまま祈りの儀式と昼食会が終わり、案内された部屋で、ようやく依那はみんなと話をする機会を得た。
「選別ですか?」
ファビエラが淹れてくれたお茶を前に、レティは少し考えこむ。
「なんとご説明したらよろしいか…」
「試練に参加する資格の有無を選定する儀式のことよ」
一緒にテーブルを囲むフェリシアが代わりに説明する。
「護衛だなんだ、いっぱい引き連れてっても意味がないからね。試練に参加する人間は選別の扉をくぐって、資格の有無を問うのよ。資格があれば、ルルナスの森の入り口に出る。なければ…」
「……なければ……?」
「どこにもいけないわ。同じ場所に戻るだけ」
「なぁんだ」
含みを持たせた言い方に、なにやら怖い想像をしたらしい颯太はほっと息をつく。
「死んじゃう、とか異次元に飛ばされる、とかだったらどうしようかと思った」
「どんだけ過酷なのよ、あんた」
呆れるフェリシアに、シャノワが控えめに言葉を添える。
「ですが、選別は聖女様、勇者様でも例外ではありません。覚醒していない勇者様が一度では扉を通れず、修練をやり直して再挑戦され、十数回目にやっと資格を得たという話や、扉を通っても、聖剣に選ばれるのに数年の期間を要した、という話も伝わっております」
「うわぁ……」
思ったより厳しい話に、姉弟は生唾を飲み込む。
「……扉通れなかったら、離宮に戻って修練し直すのかなぁ…」
「もしオレだけ通れなくても、姉ちゃん置いて行かないでね……」
「お二人なら大丈夫ですわ」
レティが太鼓判を押す。
「だといいんだけどねえ……」
お茶を飲んで、依那はため息をついた。
「で、誰が選別を受けるの?」
「エナ殿とソータ、オルグ、レティ、ステファーノと俺だな」
「わたくしも受けたかったんだけど」
「…駄目と言われてしまいましたわ」
さらりと言うアルとは裏腹に、フェリシアとシャノワがしょんぼり肩を落とす。
「勇者様と聖女様の試練ですし…ともに魔王と対峙する仲間でなければ、聖剣の試練は受けられないそうですわ」
「え…」
「クルト族だって最終決戦には参加するのに―」
「フェリシア様はしかたありませんわ。亜人の皆さまはルルナスの森に入れませんもの」
フェリシアは唇を尖らせるが、シャノワの言葉に依那は少なからず驚いた。
では、レティもオルグもアルも…魔王との直接対決に…最終討伐戦に一緒に行くつもりなのか。
平然と顔色一つ変えず――覚悟を決めているというのか。
「じゃあ選別受けない人はどうするの?」
「レヒトの特別地区にある、神殿でお待ちすることになりますな。聖剣の試練の出口は神殿にあるそうですから」
「そういえば、ステファーノさんはルルナスの森に行ったことあるんだよね?選別受けたの?」
「まさか!」
エルフのお茶を興味深そうに啜っていたステファーノは、颯太に聞かれて苦笑した。
「選別を行うのは、聖剣の試練のためですよ。単にルルナスの森に入るだけなら、普通にその辺から入れます」
「そうなの!?」
あっけらかんとした答えに、依那も驚いた。
「てっきり、ここからしか入れないのかと……」
「ルルナスの森、と言っても、まぁ…森ですからね……塀で囲まれてるわけでもありませんし、ただ入るだけならどこからでも入れます。ただ、試練が行われる『青の塔』には、選別を受けた者しかたどり着けないと言われています」
「オレたちが通ってきた森と、ルルナスの森ってくっついてるの?どこで区別するの?」
「霧よ」
「霧?」
「そう、霧。ルルナスの森は、霧に覆われてるの。そして、その霧の中では、魔法が使えない」
「マジで!?」
フェリシアの説明に、姉弟は驚いた。
「全然?まったく?」
「そうねえ。自分自身にかける魔法……例えば、治癒とか、身体強化とか……そういうのだけは使えるわ。でも、ほかの人や物にかけるのは駄目ね。自分の怪我は治せるけど、人の怪我は治せないし、エルクとかエドラムとか、そういうのも使えない」
「……そうなんだ……」
「これで判ったろ?リュドミュラ様がおまえらに魔法を使わずに戦う修練をさせたわけが」
「……あ…」
確かに、リュドミュラの修練では魔法を使ってもいいとは言われたが、基本は肉弾戦だった。颯太は剣で、依那は素手で。
「武闘派だからじゃなかったのか…」
「自分で言うな」
思わずつぶやくと、アルが苦笑した。
「それから、覚えておいてください。ルルナスの森には、スフィカの生息域があります。オーガの村の一件で女王と知己を得ましたから大丈夫だとは思いますが、くれぐれも気を付けてくださいね」
真顔でステファーノが忠告する。
「そういえば、レ・レイラさん……レ・レイラ陛下?ルルナスでまた、って言ってたよね…」
「お会いしたいですねえ……」
はぁ、とステファーノはため息をつくが。本気でうっとりしないでほしい。
「ステファーノさん、なんで刺されたの?」
このステファーノがスフィカを怒らせるような真似をするとは思えない。彼が刺されたとき、イっちゃんはさぞ驚いただろう。
「いやぁ、お恥ずかしい話ですが……スフィカの密売を企む奴らがいまして……」
ステファーノによると、スフィカの子供(幼虫?)を人質に成虫をおびき寄せ、隷属の魔法をかけて使役しようとする命知らずがいるらしく。
前回ルルナスの森を訪れたステファーノは、折悪しくスフィカの子供を拐かそうとする現場に鉢合わせ、子供を守ろうとし、うっかり犯人と一緒に刺されたらしい。
「誘拐犯だと思われてたらどうしよう、と思ってたんですが。さすが女王陛下、判ってくださってたんですねえ」
「いやお前、それ、笑い事じゃないからな?」
ステファーノの話を聞いて、アルもがっくりする。
「…お前、もっと昔にも希少生物の密輸現場に居合わせて、そいつ庇って斬られたことあったろ。学習しろ、学習」
「イっちゃんが過保護になるわけだわ……」
イズマイアの気苦労を思いやって、遠い目になる依那だった……。