カルヴァス
ちょっと津波に関する表現があります
アルバを飛び立ち、東に向かうこと十数分。
「……これは……」
眼下に広がる光景に、サーシェスは空中で動きを止めた。
大きな港と、活気のある市場、南国風の白い家が立ち並んでいたカルヴァスの街は、その様相を大きく変えていた。
港は大破し、市場や倉庫はその多くが流され、海に近い部分には未だ黒く濁った水が渦巻いている。
地形も変わるような、すさまじい水がこの街を襲ったのは間違いない。
だが、港へ続く道を少し上がったところには巨大な土壁がそそり立ち、この壁が防波堤となって街を護ったのだと一目でわかった。
「……なるほど、これがなければ、居住区もただではすまなかったでしょうね……」
「夜なべで構築した甲斐があったというものよ」
「!!ラウ…王子殿下?」
独り言に返事をされて、ぎょっとして振り向いたサーシェスは、すぐそばに浮かぶラウの姿に思わず声を上げた。
「久しいの、サーシェス」
「お久しぶりでございます。殿下もこちらに参戦されていたのですね」
「ふむ。ここが一番人手が必要だったでの」
こきこきと肩を鳴らしつつ、ラウは眼下を眺める。
「ソータが防波堤を作れと言ったと、あの若造が言い出した時には何の冗談かと思うたが…」
ファラムという名の若い騎士が、勇者の助言としてラウに直訴したのだ。
何の世迷い言かと思ったが、ソータの名を出されては無碍にするのも憚られ、乞われるがままに手を貸した結果が……これだ。
「この壁がなければ、高台に逃げたものは助かっても、警護に当たっていた騎士や救護の人間はみな死んでいたであろうよ」
「……本当に、殿下たちがいらっしゃったのも僥倖でした」
丁寧に礼をし、サーシェスはカルヴァスの周りの海岸線を見渡す。
「…局地的に、ここだけが被害を受けたのですね…」
「海獣どもめ、狙ってここに大波……津波、というのであったか、その波をぶつけよった」
「この近くにマーマンの里があると聞いておりますが…」
「ああ、あやつらならエドナがシナークへ避難させておるよ。騎士団と竜の民が頑張って海獣どもをカルヴァスにひきつけている間にな」
「それはようございました」
サーシェスはほっと胸を撫で下ろす。
外交的な問題よりも、マーマンに被害が出たことを知ればあの姉弟がきっと気に病むだろうから。
「……これで、8件目、だの」
しばしの沈黙ののち、ぽつりとラウは言った。
「カナン北部にザムルが出たのを皮切りに、リーヴェントのラトラス、エンデミオン北部のタトーラ、カナン南部のコルヌ、カナン東部のタラント、エンデミオン西部のイエイツ、南西部エイジャ、そしてここカルヴァス。場所はばらばらだが、ラトラス以降はすべてここ2週間ほど……厳密に言えば、勇者と聖女が離宮に向かって以降のことだ。……ぬしは、これをどう見る?」
「……やはり、関連があると思われますか」
サーシェスは眼下の光景を見下ろしたまま、ため息をついた。
確かに、単体の魔物の出没や飢饉など、以前から問題はあった。
だが、集団で街を襲い始めたのは、本当にここ最近――勇者の一行が王都を発ってからのことだ。
襲撃場所もばらばらだが、それぞれが遠く離れたところで起こり、そして同じように少し暴れて一度撃退されれば再度襲撃することなく退いていく。
「……勇者様たちの留守をついているかのように見えます。そして、こちらの戦力を分散させているようにも」
「……それだけ…か?」
「ラウ殿下には…ほかに何か…?」
「……いや……」
言葉を濁し、ラウは内陸の方を振り向いた。
遥か彼方、北西の方向に目を凝らしても、さすがにここからではラース湖も……離宮も見えない。
「アルトたちは……」
「パラの街に入られたと連絡がありました。…いろいろと報告があるようですよ」
「そうか……パラに着いたということは、レーヴェまではあと3日というところか…」
だが、本当の試練はレヒトに…ルルナスの森に着いた時に始まる。
「……皆、無事に帰ってこい……」
そう、祈らずにはいられなかった。