颯太の奇跡
サーシェスがアルバの神殿に転移したのには、訳がある。
転移には、転移先の座標か、詳細な場所のイメージが必要となる。戦時下、しかも大波に襲われた直後となれば、指定した座標がどうなっているかわからないと判断した結果だった。
「!?しっ、神官長さま!?」
「これはローゼン殿、お久しぶりです」
神殿内部に転移すると、祈りをささげていた司祭を驚かせてしまったらしい。
「すみませんね、火急の用につき、転移に使わせていただきました」
「火急の……では、やはりカルヴァスの!?」
驚いてひっくり返ってしまったローゼンは、サーシェスの手を借りて立ち上がりながら顔色を変えた。
「カルヴァスが大波に襲われたことはご存知でしょうか?」
「ええ、私もそれで参ったのです」
「では、被害状況をご存じでしょうか。アルバはカルヴァスの目と鼻の先だというのに、戦闘で海沿いの道が崩れ、救援に向かうこともできないのです」
アルバの司祭、ローゼンは悔しそうに言う。
「魔物を撃退したとは聞きましたが、街にかなり被害が出ているとも聞き及んでおります。そこへもってきて、あの大波では……生存者がいるかどうか…」
「大波はご覧になったのですか?」
「はい、波が迫っていくところはアルバからも見えましたので……家の屋根より高い、とんでもない波でございました」
「…そうですか……」
屋根よりも高い波。そんなものに襲われれば、普通なら成す術もなく騎士団も、生き残った人々も押し流され命を失っていただろう。……だが。
「………………我々は、本当に神の加護を受けたのかもしれませんね」
「はい?」
此度の聖女があの娘でなかったら。
聖教会はまだラウレス枢機卿に牛耳られ、魔物の出没が頻発しても今のように素早い対応ができなかったかもしれない。
此度の勇者があの少年でなかったら。
大波への備えなどという考えはなく、防波堤も作らず教会に避難所を設置して、全員が大波に飲まれてカルヴァスは壊滅したかもしれない。
「カルヴァスは、街こそ壊れましたが、人的被害はほぼないと聞いております。私はその確認と、周辺への影響調査のために参ったのです」
「なんと!!それはまことですか!」
サーシェスの言葉に、ローゼンは泣きそうになった。
「よかった……奇跡です。神の奇跡です!」
「……さあ、お祈りは後にして。まずは、海岸の道の復旧を急がせてください。それから、飛行魔法を使える者がいれば、上空からでも物資の輸送を。怪我人の移送も必要になるかもしれません」
「かしこまりました!すぐに!!」
駆け出していく背中を見送って、ぽつりと呟く。
「……神の……奇跡ではないのですけど…ね」
これは、創生神ではなく、あの少年が起こした奇跡だ。…神官長である私がそう考えるのは不敬かもしれないが。
自嘲しながら、サーシェルは神殿から出ると、カルヴァスへ向けて飛行を始めた。