有能な侍女
パラの街に着くと、一行は領主の館へ案内された。
エンデミオン国内のようにお忍びで動くのかと思ったが、小隊とはいえカナン兵が護衛についている以上、それも無理な話なのだろう。ただし、勇者や聖女が来ていると知れるといろいろ面倒なため、他国の使節団、という扱いになるらしい。
外交的なことはわからないが、二日ぶりにちゃんとお風呂に入れて依那はご機嫌だった。
暇つぶしにその辺をうろちょろする。
決して食堂へ行こうとして迷ったわけではない!
「やっぱり国によってお城の作りって違うな~」
エンデミオンの王宮や砦が窓が大きく明るかったのに対し、この石造りの館は重厚で壁も厚く、窓が小さい。
中庭を囲むような作りになっていて、中庭に面した回廊は窓も大きく明るいが、館の中の廊下は薄暗く、昼間でも明かりが灯っていた。
「………」
誰にも行き会わず、どうしたもんかと思い始めていた依那は、ふと人の声が聞こえたような気がして足を止めた。
あたりを見渡すと、柱の向こう側に地下へと続く階段がある。声はどうもそこから聞こえてくるらしい。
……えーと……さすがに下の階までうろついたらまずいかなぁ。でも、誰にも会わないし……あれ、でも、この声…どっかで…
依那が思案しつつ階段を覗きこんだ時だった。
「……何をしてらっしゃいますの?」
「うわっ!」
不意に後ろからかけられた声に、依那は飛び上がった。
慌てて振り返ると、二つほど先の部屋のドアの前に、なんとなく見覚えのある侍女が立っていた。
「何か、御用でしょうか。聖女様」
「あ……いえ。その、食堂へ行こうとして迷ってしまって……」
冷静に聞かれて、依那は思わず頭を下げた。
「……どうぞ。こちらです」
表情一つ変えず、先に立って歩き出す女性の後ろをついて歩きながら、依那は彼女の顔を窺う。
「お手数おかけします。……えと、シャノワ…様の侍女の方ですよね……?」
「はい」
声をかけてみたものの、振り向きもしない彼女は会話をする気がなさそうだ。
幸い、依那はそれほど遠くまで来ていたわけではないらしく、ほんの数分で見覚えのある回廊に出ることができた。
「姉ちゃん!どこ行ってたの!」
「颯太!」
颯太に声をかけられて、ホッとして依那は駆け寄った。
「ちょっと、迷子になっちゃって…」
「迷子!?…珍しいね、姉ちゃん方向音痴じゃないのに」
「うん…あ!」
はっとして、お礼を言おうと依那は振り返った。
だが、そこに侍女の姿はなくて。
「……どうしたの?」
「……いや…シャノワの侍女さんに案内してもらったから、お礼言おうとしたんだけど…」
「え?そんな人いた?」
あまりの素早さに颯太も驚く。
「まるで忍者だね……」
「……うん…」
気配もなく現れて、きびきびと仕事終えたらすっといなくなって。サットン夫人の有能侍女部隊の皆さん並みに有能な人なんだろう。
……だけど、もう少し愛想があってもいいんじゃないだろうか。せっかくけっこう美人さんだったのに、もったいない。
「姉ちゃん、早く早く。オレ、おなかすいた!」
颯太に急かされて依那は食堂に向かった。
あとで、シャノワに、侍女さんにお礼言うようお願いしよう、と心に決めながら。