洞窟の中へ
昼食後、一行は左の道へ進んだ。
やがてカイドウの話通り両側の岩はどんどん狭まり、巨大な岩山の裂けめのような洞窟へと続いていた。
「これは…馬車は無理じゃねえか?」
スフィカほどの大きさの岩が転がる入り口の斜面を見て、ブルムが難しい顔をする。
「いや、通行が難しいのはここだけで、中に入れば今までの道より広いくらいだ。俺たちの馬車も問題なく通れた」
「荷車は通れるな。俺たちの馬車もどうにか……カナンの馬車もなんとか通れるか?」
カイドウの言葉に、アルが道幅と馬車の幅を見比べる。
「エルフの馬車なら心配はいらないわよ?」
言いながら、フェリシアはシルヴィアに合図する。
「はい、姫様」
忠実な従者たちはてきぱきと馬車から馬を外すと、馬車に向かい何か呪文を唱えた。
すると、馬車はふわりと浮き上がり、岩を飛び越えてさっさと洞窟の中に入ってしまったではないか!
「何それ!」
「エルフの馬車は魔法具なのよ。天馬に繋げば空も翔けるわ」
驚く颯太に、フェリシアはどうだ!と言わんばかりに胸を張る。
「……何でもありだな、エルフってのは」
「凄いでしょ?素晴らしいでしょ?もっと褒めてもいいのよ!アル♡」
「あーはいはい、すごいすごい」
「なんで棒読みなのよー!もう~!!」
アルに感心されて、嬉しそうに擦り寄るフェリシアに、すわ痴女エルフ復活か!?と身構えたものの、軽くあしらわれてぶすっくれる姿を見て、依那はほっと胸を撫で下ろした。
「…ご心配ですか?」
「ファビエラさん」
「姫様は大丈夫ですよ。もともとは聡明な方です。思い込みが解ければあのような真似を繰り返す方ではございません」
「そう思いたいけど」
………思い込みだけで200年突っ走る娘だからなぁ。
その思いは胸にしまい込んで、依那はため息をついた。
「さすがに、この大人数の前で公開尻叩きはしたくないから」
「!!やっぱり、なさるんですか!?アレ!!」
冗談だったのに、それを聞いてファビエラは震え上がった。
「もしや、ご趣味ですか!?」
んなわけ、あるかい!
なんて馬鹿をやっているうちに、入り口の岩場をどうにか越えた一行は洞窟の中へと馬を進めた。
「うわあ……」
入り口の狭さとは裏腹に、洞窟の内部は想像以上に広かった。
目の前に広がるのは、修練場二つ分くらいの巨大空間だ。天井はアルス神殿並みに高い。
暑くも寒くもなく、思いのほか暗くないのは、床や壁に生える苔みたいのや、ところどころから顔を出す鍾乳石?鉱石?みたいなのがうすぼんやりと光を発しているからだろうか。
「光あれ」
オルグが唱えると、彼の手の上に野球のボールくらいの光が灯った。
その光に照らされて、かなり奥まで道が広がっているのが見える。
「あの方向でしょうか、カイドウ殿」
「そうだ。真っすぐ奥へ。いくつか分かれ道があるが、馬車が通れそうな道は一本だから、すぐわかる」
「『星の御殿』まで行けば水場があるから、そこで野営を張ればいい」
「『星の御殿』?」
「このずっと奥に、地底湖があってな。そのすぐそばに開けた場所があるんだよ。天井に鉱石がいっぱいあって、星みたいだって、子供たちがそう名付けた場所だ」
依那と代わって馭者席の隣に座った颯太が訊けば、トクサはそう言って笑った。
「そうなんだ!楽しみー!」
「じゃあ、今日のとこはそこまで進むか」
火を入れたランタンを鉄馬の首に下げ、ポジタムとザギトが鉄馬の速度を上げた。斥候に向かうらしい。
「灯りはあるとはいえ、足元が暗い。各自、注意して進むように!」
小隊の先頭でバクスターが叫び、みな気を引き締める。
「……ステファーノさん、おちついて」
動き出した馬車の中、外を見てソワソワするステファーノに、依那は苦笑する。
「あ……すみません、エナさん。つい、知りたがりが先に立って」
「ステファーノの知識欲は凄いですからね」
ステファーノの隣でオルグもくすくす笑った。
「『星の御殿』ですか。そこへ着いたら探検して結構ですよ。ただし、あまり奥にはいかないこと」
「了解です!」
子供のように手を挙げて返事するステファーノに笑いを隠せない。
「ステファーノ様、この洞窟は初めてですの?」
「もちろんです。洞窟にはいくつか入ったことがありますが、この洞窟はもちろん、こんな間道の存在も知りませんでした!いつか日を改めて徹底的に調査したいですねえ」
「入り口の仕掛けもすごかったよね。あんなの、ほかにもあるの?」
「いえ、ぼくが知る限りあんなのは見たことないですね。どのくらい前のものなのか、それも興味があります」
「わたくしは洞窟自体が初めてなのですが……洞窟の中を馬車が走れるものなのですね」
「うん、もっと狭くて、地面がごつごつしてるのかと思ってた」
レティの言う通り、この洞窟の地面は多少の凹凸はあるものの平らで、馬も馬車も問題なく走れる。
どのくらい進んだだろうか。
だんだん、何か地鳴りのような音が聞こえてきて、颯太はあたりを見渡した。
「なんだろ、この音……?」
「ああ、川だよ。地底湖から流れ出す川があるんだ」
「川?」
「ああ。落ちたらひとたまりもないような、でっかい川だ。絶対近づくんじゃないぞ」
「う……うん」
カイドウとトクサに怖い顔で念を押される。
「『星の御殿』のすぐそばに、川が曲がっているところがあって、水はそこで汲める。だが、そこ以外は危険だ。地底湖にも川にも、絶対近づくな」




