分かれ道
間道は時々広くなったり狭くなったりしながら、それでも馬車が悠々通れるくらいの幅を保ったままずっと続いて行く。
両側は切り立った崖で、ちょうど岩と岩の隙間を縫っていくような感じだ。
「すっごい……高いねえ。上までどのくらいあるんだろ…」
少なくとも、5階建てのビルくらいの高さはある岩の上に、青空が見えている。
「こんな道があったんスねえ…」
隣で手綱を操りながら、リートも上を見上げた。
「もっと早く知ってりゃ、あの3人もオーガの村を襲うなんて真似しなくてすんだのに…」
「……うん……」
頷きながらも、依那は考える。
本当に……そうだろうか。
試練の一行を通すために――それだけの目的であんなことをしたのだろうか?
ゴルトの話では、聖女の力があれば、土魔法で地滑りの個所を固め、土砂を排除して通行することも可能だという。その選択肢もあるのに、あえてあのルートを確立しようとしたのは何故だ。
あの道を、通らせたかった訳がある……?
「エナ殿」
考え込んでいた依那は、アルの声にはっと顔を上げた。
「え、なに?」
「お前なぁ。聖女って呼ばれたら反応しろよ」
呆れ顔のアルの向こうでカイドウが苦笑している。
聖女と呼びかけられても考えに没入していた依那が反応しなかったのだろう。
「あっ!ご、ごめんなさい!なに?」
「いや、もうしばらく行くと、道が二手に分かれる。右に行けば田舎道に出て、夜には小さい村に着くだろう。その村から少し行くと、ちょうど俺たちの村があったあたりの…北の間道をずうっといった道に合流する。左に行くと、洞窟があって、その中を抜ければ街道の、パラという中規模の街の傍に出る。多分洞窟の中で野営をしなきゃならんが、どっちの道を行く?」
「……えーと……」
右に行くと、回避ルートとして想定してた、オーガの村の傍を通る間道に合流する。
左に行くと、洞窟の中で一泊して、街道沿いの中くらいの街の傍に出る。
「洞窟って………危険?」
「さあな……俺たちは一週間ほど隠れていたが、特に被害はなかった。まあ、長居したい場所じゃないのは確かだし、内部を全部見たわけじゃないからな…保証はできん」
「オルグやカナン組とも相談するが…その前に、お前の直感を聞いておきたい。どっちの道を選ぶ?」
「……あたしは……」
小一時間後、カイドウの言葉通り、一行は分岐点に差し掛かった。
「よし、ここで休憩を取ろう。そろそろ昼だしな」
アルの言葉にカナン側もエルフも同意し、さっそくドワーフとカナン兵が昼食の用意を始める。
その間にアルはオルグ・ステファーノ・エリアルド・シャノワ・ロザリンド・ベイリスとフェリシアを呼び集めた。依那と颯太、レティも一緒だ。
先ほど依那にも聞かせたカイドウの話をもう一度繰り返し、意見を求める。
「左に行けば、パラの傍に出るのですね?」
亜麻色の髪のひと房を弄びながら、ロザリンドは考えを巡らせた。
「そうすると、レヒトへの本街道を行った場合とほぼ同じような形になりますわね。一方で右に行った場合は……この村のあたりに出るのでしょうか」
地図を広げ、カイドウに確認を取る。
「正確な位置は判らんが、この辺りに出るのだと思う」
「でしたら……この村から…こう回って……このへんで間道と合流する感じですわね」
「考えるまでもない。右に行くべきだ。何が生息しているかもわからぬ洞窟など危険すぎる」
「ですが、この村の方に出るとなると…街道に合流するためには結構な回り道になりますわね」
「そうだな、1日半…いや、2日は余計にかかるか」
「それでも、安全には代えられん。右だ。右に行くべきだ!」
あの良く響く声で、ベイリスは強硬に右の道を勧める。
それにつられるように、なんとなく右側の道へ…と意見が固まりそうになった時。
「オレは……」
遠慮がちに、颯太は口を開いた。
「オレと姉ちゃんは、左が良いと思う」
「勇者殿!?」
「理由を…伺ってもよろしいですか?」
苛立つベイリスから颯太を庇うように立ち、オルグは優しく尋ねた。
「カイドウさんたちが1週間滞在してても何事もなかった、ってのが一つ。どうせならもともと予定してた街に着く方がいいかな、ってのが一つ。……あと、これは…ほんとに根拠なんかないんだけど……」
ちょっとためらって、颯太は顔を上げた。
「オレ、こっちがいい」
「何を馬鹿な!」
「……いや。そうとも言えん」
吐き捨てるようなベイリスをアルが諌めるように睨んだ。
「ソータは勇者だ。その勇者がこちらがいい、と思うなら、従うべきだ」
「わたくしも、そう思います」
色とりどりの布で編んだ、棒のようなものを握り締め、シャノワが口をはさんだ。
「これは、勇者様、聖女様の試練です。勇者様が道を選ばれた以上、従うのがよろしいかと……」
最後は尻すぼみになってしまったが、勇気を振り絞ったのが判る発言に、オルグは優しく微笑んだ。
「シャノワ姫のおっしゃる通りですね。ソータ殿の直感を信じましょう。…よろしいですね?ロザリンド殿、ベイリス卿?」
「結構ですわ」
「…まぁよかろう」
ふん、と鼻を鳴らしてベイリスは踵を返した。




