そんな習慣、ありません!
午後早く。
昼食を終えた依那と颯太は再び大聖堂を訪れていた。
祭壇に近づき、用意してもらった花束を供える。
……召喚の儀で命を落とした魔導士たちに。
本来は墓参りがしたかったが、彼らの墓は王宮の外だということで、すぐには叶わなかったのだ。
二人並んで手を合わせる。この世界での作法は判らないが、気持ちだけでも届けば、と願う。
「………勇者様?」
訝しげな声をかけられて振り返れば、ユリの花束を手にしたサ―シェスが立っていた。
「何かありましたでしょうか?」
ク―ルビュ―ティに花束という構図に一瞬見とれていた姉弟は慌てて首を振る。
「お二方は、先の召喚で亡くなった魔導士たちに花を供えてくださったのですよ」
「……!」
レティの言葉に、サ―シェスは目を見開いた。
「それは……ありがとうございます……」
なぜかうろたえながら、サ―シェスも祭壇に花を供える。
奇妙な沈黙の末、ぽつりと彼は言った。
「……あなた方は……わたくしたちを恨んではいらっしゃらないのですか…」
一方的に呼び寄せられ、帰る道を閉ざされて。
昨日の依那の暴走ぶりを考えれば、恨まれていないと考える方がおかしい。
「…恨んでるか恨んでないかって言えば……恨んでる?かもしれないけど……」
「……まあ、呼ばれちゃったもんはしょうがないし……ねえ?」
「勝手にってのは腹立ってるし、正直、魔王なんて言われても、ゲ―ムの世界みたいで実感わかないし、何ができるかも判らないけど。貴方たちが命と引き換えにしてでも、って覚悟は判ったから」
颯太と頷きあい、依那は真っすぐサ―シェスの瞳を見た。
「信念に殉じた人には、敬意を払うべきだと思う」
言っとくけど、許したわけじゃないからね?
照れ隠しのように続ける依那に、サ―シェスはさっと跪いた。
「!?」
「………大聖女様に感謝を。此度の聖女様が貴女のような方で良かった……」
そのまま流れるように依那の手を取り、その甲に口づけた。
ぴっき―ん!
そんな効果音付きで依那は固まる。
「………聖女様?」
「エナ様?」
「ね―ちゃん!」
颯太は、目を見開いて真っ赤になり固まった依那を大慌てで回収する。
「な…なにか不調法を?」
「エナ様、お気を確かに!」
「や、大丈夫ですから!ただ、日本人、そういうのに慣れてないんで!」
ね―ちゃん、しっかりぃぃぃ!!
大聖堂の高い天井に、颯太の悲痛な叫びが響き渡ったのは言うまでもない。
「……あ~……ひどい目にあった……」
ク―ルビュ―ティの精神攻撃(?)で目を回した依那は、そのまま当のク―ルビュ―ティによるお姫様抱っこというクリティカルヒットを受け、そのうえ王宮に運ばれた先ではオルグ王子へのお姫様抱っこリレ―という二段攻撃により撃沈していた。
「……ね―ちゃん、大丈夫?」
ぐったりベッドに沈み込む依那は大丈夫じゃないのが一目瞭然だ。
そもそも、ご近所のじーさまばーさまに可愛がられ、弟や父の同僚たち男所帯で育った依那は、恋愛的な経験値がゼロだ。少女漫画にもあまり縁がないし、友人から借りた乙女ゲ―ムすら、気障なセリフの数々に悶絶してギブアップしたくらいである。そんな依那にあの攻撃は荷が重すぎた。
「申し訳ございません、エナ様」
そんな依那の枕元ではレティがべそをかいている。
「手の甲への口づけは敬意を表すものですが…エナ様たちの世界では禁忌だったのでしょうか」
「いや、禁忌っつ―か……あっちでもそういう文化がある国はあるよ。ただ、オレたちの国では一般的じゃないだけで…」
「…文化の違いってやつだから……サ―シェスさん悪くないから……」
そう、悪くない。悪くないのだが。
あのとんでもない美形に目の前に跪かれ、手を取られ。
目を伏せたまつ毛の長さ、さらりと指先をかすめた銀髪の感触、どこか泣きそうなキラッキラの微笑み、そして手の甲に触れたくちびる……!
「~~~~~~~!!!!!」
思い出しただけでこっ恥ずかしくて依那はベッドの上を転げまわった。
……馴染める気がしない!




