第2話:執事と、ある執事。
BL要素を含みます。苦手、意味が分からない、という方は、お戻りする事をお勧めします。
ふと、人の気配を感じて、私は目を覚ましました。
「………サラ様………?」
主が私を訪ねてきたのかと思い、すぐさま起き上がります。
そして、スタンドの灯りを点けましたが…来訪者はどうやら、我が主ではなさそうです。
「……………セバスチャン………」
「あら、おはよ」
ぼんやりと灯りの中に浮かび上がったのは、執事仲間のセバスチャン(男性です)の姿でした。
「まだ夜ですが。というか、何をしているんですか、こんな時分に……」
「野暮なこと訊くのね? わかってるクセに」
そう言って、セバスチャンはニヤリと微笑みます。
「……わかりません。というか、わかりたくありません」
髪や頬に絡んでくるセバスチャンの指を払いのけて、私は彼を睨みつけました。
「相変わらす冷たいわねー」
今度は寂しそうに微笑んで、しかし、何を考えているのか、セバスチャンは私の寝台に上がってきます。
「こらコラこらコラ」
私は、そんなセバスチャンの肩をつかみ、寝台から突き落とそうと試みます。
「なぁに?」
セバスチャンは、顔色一つ変えずに、私の力に抗います。
ニコニコと笑いながら、恐ろしい程の力で、あっという間に形勢逆転…。
「それ私の台詞です」
組み敷かれ、覆いかぶさるセバスチャンを、さらに睨みながら、私は言います。
「そんな怖い顔しなくても……」
「黙りなさい。これが私の真顔です」
「ウソツキ」
囁きとも、吐息ともつかぬ声で、セバスチャンが言いました。
同時に、首筋に何か生温かいモノが這う感覚が走ります。
「セバスチャッ」
「“お姉様”の前ではあんなに優しく笑うクセにっ……」
耳元で、セバスチャンの歯がギリリと音を立てるのが聞こえました。
それから、彼は私の胸倉を掴み、酷く締め上げてきます。
「………セバス、チャン………?」
カタカタと震えるセバスチャンの肩に、私はそっと、腕を回します。
私はようやく、セバスチャンの様子がおかしい事に気がつきました。
「……セバスチャン……どうしたのですか……?」
体を起こし、セバスチャンから離れ、顔を覗こうとしましたが、彼はそれを拒み、私に縋りついてきます。
私は、ギョッとしました。
しょっちゅう、ふざけて私に抱きついてくるような性分ですから、彼の体つきは、嫌でも把握しています。
口調や性格からはおおよそ想像できない程、セバスチャンは、男性らしく筋肉質な体でした。
それが、弱々しく、今にもグニャリといきそうなくらい、痩せ細っていたのです。
「………セバスチャン………」
私は、もう、彼を抱きしめる事しか出来ませんでした。
鼻をぐずり、ぐずりと鳴らす様子から、セバスチャンが泣いている事は、もはや明確です。
「…………私っ…………自信が、無いの…………」
嗚咽混じりに、彼は小さな声で、私に言います。
「………フロラ様の………執事として、私…………」
あぁ、そういう事なのか…。
私は、頼りないセバスチャンの背中をさすりながら、彼の苦労を思います。
ある日、突然に「次期女王」付きの執事となったその重圧が、セバスチャンの体や心を蝕んできたのだと思います。
特にここ数ヶ月は、何かと王室の中が騒がしかった事もあり、それは殊更でしょう。
私よりも長くこの王室に仕え、何事にも動じないような彼であっても、やはり、目に見えない
「重厚な鎖」を背負うのは、簡単ではないようです。
この2年間、セバスチャンはよく耐え、よく仕えてきたと、改めて感心しました。
「………セバスチャン」
彼を促しながら、顔を覗き、私は言いました。
「今、次期女王が笑顔でいられるのは、誰のお陰でしょう?」
わざと含みを持たせて訊ねると、彼は少し、困ったような顔をします。
「過信なさい、セバスチャン。あの方が笑顔でいられるのは、他ならぬ
貴方自身の、日々の積み重ねなのですから」
「………タリン………」
涙を拭きながら、彼は漸く視線を上げて、私を見つめてきました。
「………言ってて、恥ずかしくないの?」
せっかくの励ましの言葉も、残念ながら、その一言で無益にされてしまいました。
もっとも、それは照れ隠しなのだと、セバスチャンの様子から窺い知れますが…。
「えぇ、恥ずかしいです」
「じゃあ何で言うのよっ!」
相当照れさせてしまったのか、彼は掌でビシビシと、私の胸板を叩いてきます。
「ハハハ。これでも、『特一等』の執事ですから」
「キィーーッ! 最近まで私の方が格上だったのにぃっ!!」
「そういえば、そうでしたね」
私はセバスチャンをもう一度抱きしめて、見えないところで、意地の悪い笑みを浮かべます。
「お詫びに、食事でも作りましょうか? せーんぱい(はぁと)」←確信犯
「タッ……タリンのバカ〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
…何はともあれ、彼が元気になってくれたようで、良かったです。
【おまけ】
「…………タリン」
妙にソワソワしながら、主は私を呼びました。
「はい」
「……いや、あれだ。お前のプライベートに、私が口を出すのもなんだが……」
「はい?」
「………………せめて、見えない所に、な」
主は私の首を指さします。
私は、ドレッサーに振り返りました。
「…………セバスチャァァァァァァァァァァァァンッ!!!」
…いつの間に付けたのでしょう。
私の首筋に、とてつもなくクッキリと、キスマークが刻まれているではありませんか。
恩を仇で返す、とは、この事です。
――その後、セバスチャンはものすごく怖い目に遭ったとか、そうでないとか…。
- Merci... -
タリンは、怒らせると2番目に怖い人です。
多分、1番はサラなんじゃなかろうかと…。
ありがとうございました!