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黒の姫君  作者: エル.L
1/2

第1話:ある王女と、ある執事。

 


 

 ――扉を開けると、その向こう側の空間は、別世界のように白く濁っていました。






 「………サラ様?」



 私は、あるじを呼びました。



 「………タリンか………」



 その白く濁った世界の中から、気だるそうなあるじの声が届きます。



 「……サラ様、体に毒ですよ」



 私は言いながら、固く閉ざされた窓を開け放ちました。

 

 ……白く閉鎖されていても、私にとっては、もう慣れきったあるじの小さな部屋……。



 逃げ場を失い、滞っているしかなかった紫煙が、ようやく出口を見つけ、風と共に去っていきます。



 「………眩しい………閉めろ………」



 そう言って、あるじはまた、紫煙を吐き出します。


 この部屋の視界が白く遮られていたのは、あるじがフカす葉巻のせいです。



 「………うるさい………私に命令するな………」



 相変わらず気だるそうな声で言って、あるじは、私に背を向けました。



 「男のお前には解るまい……」


 「………然様さようではございますが………」



 それを言われてしまっては、私にはもう、何も言えなくなってしまいます。


 主がいつも以上に不機嫌なのは、月に一度の「使者」がもたらすもの。



 天地が真逆になろうとそれが訪れない私に、「わかれ」というのも、無理難題ではありますが…。




 しかし、あるじ気鬱きうつの原因は、それだけではないのです。




 「…………何故こんな時ばかり“女”なのだ…………」



 あるじの、苦しげな声が聞こえてきます。



 「………サラ様………」



 私が浅く溜め息をいてあるじの名を紡ぐと、クッションがこちらへ飛んできました。


 ……あるじが私に投げたのでしょう。



 「“様”を付けるな。何度言ったらわかる」


 「……申し訳ありません」



 私は謝りながら、あるじの横たわる寝台に、静かに腰をおろしました。






 ――あるじは、命を授かることのできない身体です。



 男児が生まれなかったこの王室で、王位を継承しなければならない第一王女でありながら……。




 国王の側室である、第二王女が「次期女王」となる空前絶後の事態に、


 その混乱と憤りの矛先は、あるじが主へと向けられました。



 城の者のほとんどが、あるじを疎み、嫌い、憎む者さえ出てくる始末……。




 故に、この小さな部屋に押し込まれてなお、子を生せない身体に「使者」がもたらすものは、


 あるじにとって苦痛以外の何物でもないのです。






 「……サラ。本当に、お止めになった方が」 



 葉巻に再び火を点けようとしたあるじの手を、私は止めました。



 「………指図するなっ」



 そう言って、あるじは私の手を弾くと、新しい葉巻に火を点けます。



 「サラ………」



 それが体に毒である事は、私も、もちろんあるじも理解しています。


 ですが、それを強く注意することが、私にはどうしても出来ません。



 執事失格、と言われるかも知れませんが……。





 きっと、そうやって咽を焼く事でしか、あるじは自分を慰められ無いのだと思うから。





 「………タリン……」



 ふいに、あるじが私を呼びました。



 「はい」



 私は、ゆったりと振り返ります。



 「………何故、お前は私に仕える?」


 「……………は?」




 この王室に仕えて十数年。



 今までお仕えした、どの主にも投げかけられる事の無かった問いに、私の口からはとても間抜けな声が出ました。


 そして、仰る意味がわかりません、というニュアンスを込め、私は首を傾げてみせました。



 あるじは、深く紫煙を吐き出して、私を見つめます。



 「………私は、とうに第一王女の冠を外された。しかし何故、お前のような


 『特一等』の執事が、未だ、私のような者のもとに仕える?」



 酷く哀しい顔をして、あるじは二度、私に問います。



 「お前には、もっと相応しいあるじが、他にいるだろうに……」



 そう言って、あるじは短くなった葉巻を灰皿へ押し込めると、新しい葉巻へと手を伸ばしました。



 「サラ」



 私は、後ろからあるじのその腕を止めます。


 あるじは、私の腕が体に絡みつく時、ビクリと体を波打たせました。



 ……それは、図らずも、私が《あるじ》を抱きしめる体勢です……。



 「私が、お嫌いですか?」


 「え」



 常に低いものとは違う、年相応の愛らしい声が、あるじの口をいて出ました。



 「……私は、貴女をお慕いしております。ですから、貴女のもとに在りたいと」



 囁くような私の声に、あるじは耳まで紅くして、私を振り返ります。



 「お前っ、頭でも打ったのかっ?!?!」



 あるじが、声を裏返しながら私に言いました。



 「いいえ、サラ。私はどこも打っていませんよ」



 ……むしろ貴女に心を打ち抜かれましたよ。なんて、死んでも言いませんが。



 「……そのっ……慕っている、と言うのは………人間として、だよ……なっ?」



 疑問系ではなく、そうだと言ってくれ、と言う目で、あるじは私を見上げてきます。




 肌色が残っていないくらい顔を紅くしておいて、貴女と言う人は…。


 そんな、野暮なこと仰るのですか。


 


 「それは……ご想像にお任せします」



 私はそう言って、あるじの寝台から立ち上がりました。



 「なっ………!?」



 スルリとその手から答えが逃げてしまったあるじは、口を開けたまま、私を見ています。



 「紅茶、お持ちしますね」



 そんなあるじに、私はニコリと微笑んで、何事も無かったように執事の顔へと戻ります。







 貴女のその、時折見せる本来の“貴女”が、どうしようもなく愛しくて。



 だから、執事は辞められません。




 ね?






 - Merci... -






国語において、敬語を扱った授業の時間は、殆ど欠席していたエルです…。

色々おかしいかとは存じますが、大目に見てあげて下さい…。

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