34話「カスタマイズ」
相手の心まで覗こうとしている眼差し。こちらに隠し事があると決めつけている言い方は、暗に反論は受け付けないと告げていた。
「おら吐けや。何を隠してるのかよ」
側から見ても動揺しているのは明らかな皇真に息吹が詰め寄る。
疑いを向けられる言動を皇真はしていない。いくらでも言い逃れる。にも関わらず、確信を持ち問い詰める息吹の姿への既視感が、皇真の舌をもつれさせた。
嫌な予感に思考を彷徨わせ、たどり着いた人物。不覚にも笑いそうになったと同時に、この上なく厄介な事態にいることに気づく。
(近所の口うるさかった、おばちゃんだ)
下手な言い訳は火に油だと口をつぐむ。
去年まで住んでいた集合住宅地での体験話だ。
ゴミの中身やら出した時間帯、どの家庭にも当てはまる理由で特定の家に注意しに行っていた。ルールをほんのちょっとでも破ると飛んで来る、有名なおばちゃんがいた。
しかもタチが悪いことに、どうしてか当たっていたのだから恐ろしい。
理屈の通らない人種。
それは皇真の嫌いな人間だ。正義は我にありと言わんばかりの態度で他人へ論を振りかざす。こちらに非があるのをいいことに、正論でこれでもかと叩く。
実際、そのおばちゃんがそうだからと言って息吹も同じとは限らない。だが、証拠もなく自信満々に問い詰める=おばちゃんが成り立つ体験主義の皇真には。もはや息吹が行き過ぎた正義の暴力を振るう人間としか映らない。
加えて、昨日の歩との密談で出た内容が皇真の思い込みに拍車をかける。
ケイサツにバレたら希愛来は死ぬ。
理由が3DEPL並びに超能力の消滅を望む軸屋と、理屈の通らない正義漢たる息吹のせいではないかと不安をもたらす。
(くっそ。こんな時、歩ならなんて言う。どうやってはぐらかしてた)
頭に浮かぶ口達者な協力者。散々皇真の追及をのらりくらり交わしている歩ならば、上手く収めれるだろう。
「いい加減にしろよ。なぁに抱え込んでんだ」
意外な柔らかな声に、右往左往泳いでいた皇真の瞳が前を向く。
険しい表情をしているが、怒っている訳ではなさそうな雰囲気が尚更、皇真に混乱を呼ぶ。
真意が読めず、ご自慢の鋭い三白眼も情けなく下がる目尻で台無しにしている皇真へ。殊更優しい声色が語りかける。
「吐き出してみろよ。1人で抱え込むな」
たっぷり数秒は停止した。理解が出来なかった。正確にはしたくなかった。
生暖かい眼差しを注ぐ息吹に、皇真の目がみるみる内に元来の鋭さを取り戻す。
「……はぁ⁉︎ キモチワリィ‼︎ 何言ってんだテメェ」
「あぁ‼︎ こちとら先輩らしく後輩の人生相談のってやろうってんのに。なんだその態度は⁉︎」
「キモチワリィ‼︎ いらんわ‼︎」
「また言ったな。人にそんなこと言ったらダメなんだぞ‼︎」
ガキかっ‼︎ つい言い返しそうになるのをグッと堪えるも、全身に巡るむず痒さが思考をぐるぐるとかき乱す。
(落ち着け。落ち着け、コイツは華恵を目指めさせるのに必要な軸屋匠のノートパソコンと手帳を手に入れる為の鍵で)
冷静に目的を思い返そうとする脳内に、息吹の声が割って入る。
「何でもいいから言ってみろっての」
ぐるぐる。ぐるぐる。思考があっちこっちに回転して纏まるものも纏まらない。
(あーえーと、だから交友関係を築かねーとダメで。歩だったら、こんな時)
「おい返事ぐらいしろよ‼︎ 何隠してんだって」
「うっせぇ‼︎ 秘密だ‼︎ 仲良くなってからじゃねぇとダメだ‼︎」
沈黙。今までの騒がしさが嘘のように、沈黙が2人の間を打った。
先に意識が戻ったのは皇真だった。キョトンとしている息吹の手を払い、再び顔を覆うと、その場にしゃがみ込む。ここが自宅ならば、皇真は迷わず風呂場に直行して水を張った桶に顔を突っ込み叫んでいた。
「なぁ。なぁってば。お前、オレと仲良くなりてーの」
皇真と同じ目線にしゃがみ覗いてくる息吹が、真っ赤な耳を捉えてにんまり笑う。
「よっし、なら今からお前はオレの友達な。決定だ」
道行く人々の注目が集まる中で、清々しい宣言が放たれた。
***
あれから暫し時は過ぎ、商店街のとある一店。スマートフォンの周辺機器を揃えに、2人はスポーツ用品店にいた。
「なんで」
シューズやキャンプ用品のランプなどの小物が窮屈そうに詰まっている棚。壁の地肌を隠すウェア・テニスラケット等のディスプレイ。吹き抜けの天井からはリュックなどが吊るされている。広々とした、されど圧迫感のある店内を眺めて。皇真は首を傾げた。
「どうした⁇」
意気揚々と先に入った息吹が振り向く。
「いや、俺ら。今日スマホ用品買いに来たんだよな」
昨日送られてきたメッセージ。全文を読めばなんてことない。通知で切れた文の箇所が悪かった。
『明日、金持ってノカノ駅に来い。署長には狩人の報告すんの昼過ぎにしろ。あの人は多忙なんだ。署長の時間が空くまでの間に、お前の初期装備をどうにかするぞ。11時に集合。遅刻すんなよ』
それがスマートフォン機器の買い物の誘いだとわかるのに、いくつかの質問を要したが。お金も後でレシートを軸屋に渡せば経費でおとせると言うのだ。無料ならばと、大して必要性を感じていない買い物に皇真は了承した訳で──
スマホ用品を買うのに何故スポーツ店にいるのか。
「オレらが行くのはあっちだ。先輩様に任せとけって」
浮き足の息吹に連れてこられたのは、登山・サイクリングとアウトドア用品のコーナーだ。
ますます頭にハテナを増産しながら、テント寝袋バーベキューセットと通過していき、壁際の開けた光景に着いた皇真から驚きと感心の声がもれた。
「お⁇ おぉ。『アウトドアのお供に。スマートフォン機器コーナー』すげぇ。沢山。アームバンド式スマホホルダーに、寝ながら見れるクッションアーム⁇ こんなんあるんか」
POPを読み上げた皇真の目が、携帯ショップでは見たこともないスマートフォン機器の数々に輝く。
実用性に富んだ物からネタ的な道具、眺めているだけで日が暮れそうな心躍る場所だ。
キョロキョロしている皇真へ、息吹が人差し指を立て「チッチッチッ」と指を左右に振る。
「まずお前が選ぶのはケースだ」
「あ⁇ ケースなら付けてんぞ」
ほれ、とポケットから出したスマートフォンを見せる。黒のシンプルなケースは平凡だが、携帯ショップで購入した正規品だ。
買った初日にぶん投げたせいでスマートフォンの画面にヒビが入ってはいても、落下防止の性能を立派に果たせる代物である。
「そんなの画面に何かぶつかったら速攻割れるぞ。耐衝撃性も弱けりゃ、防塵防水性能もない。RPGなら鍋のフタなんだよ」
「鍋の耐久性舐めんなよ、ゴラァ」
「何を張り合ってんだ⁇」
「鍋は耐熱性もあんだぞ」
「鍋はな。お前のケースにはないんだよ。1番大事な放熱性能がな」
「……熱暴走防止が出来るケースあんの⁇」
スマートフォンの頭脳にあたるパーツは動作時に発熱をする。充電をしている際、ポケットに入れたまま音楽を聴いて作動させている時など。
頻繁に高熱状態に晒していると、あっという間にバッテリーは衰える。
つい1日の始まりは100%にしておかないとそわつく皇真が、前のスマートフォンをダメにした理由こそ熱暴走による早い寿命だった。
「あるんだなぁこれが」
発明者でもないのに、鼻を鳴らし自慢気に吊るされて並ぶケースのスペース壁へ手を向ける。
「冷却ファン付きのケースだ‼︎」
「へー便利だがよぉ。かさばるな」
「もっと感動しろよ‼︎ しかも、アウトドア用のケースなら山から落ちても割れないレベルの耐衝撃性なんだぞ‼︎」
「あーだからスポーツショップ。納得したわ」
喚く横を放置して視線を巡らしていた皇真は、一般的とは言い難い特殊なケースを捉えて表情を歪ませた。
「なんだ、こういうの興味あるのか⁇ 残念だけどよ。これは諦めろ。お前の能力向きじゃない」
真ん中にスマートフォンを嵌め込める型になっているゲームコントローラー形のケース。
仮想の世界など何の意味もない。現実が全てだと。皇真は軽蔑に舌打ちする。
「まぁしょげんなって。他にも選ばないといけないのは沢山あるからよ。戦闘中、手が塞がんのは欠点じゃん。だから登山家が写真撮る時なんかに使うGoProスマホ版とか。ほら、あれ」
舌打ちを残念がっていると勘違いした息吹が励ましに指を指したのは、胸元にスマホアームが付いたハーネスベルト。わかりやすく表すなら抱っこ紐のようなベルトなど。他にもと、あれやこれやと勧める様は段々と皇真本人より真剣になっていく。
「とにかくケースだな。ぼーっとしてんなよ、カスタマイズすんぞ‼︎」
「楽しそうな、お前」
「当たり前だろ。機械のカスタマイズは男のロマン‼︎」
「へー」
「それから、お前確か画像フォルダにある物を幻影化すんだっけ。ならスマートウォッチはやめて、リストバンド型スマホにしとけ」
「説明よこせ」
「え、あ〜なんて言うか。アプリ連携しとけば、リストバンドの映写機能で腕にスマホの画面が投影されるんだ。そんで投影されたのを普通の操作と同じでタッチでって。面倒くさい‼︎ やればわかる‼︎」
「へーへー」
世の中心がスマートフォンなのではないかと錯覚に陥いるほど、多種多様の膨大な数々の機器。
息吹のアドバイスの元、次々と買い物は進み、気がつけばパンパンに膨らむ袋を皇真はぶら下げていた。
店の前でレシートを撮る皇真に息吹が顔を顰める。
「証拠なんて撮らなくても、金なら全額ちゃんと返ってくるぞ」
「ああ、だから記録残してる」
「……意味わかんないぞ。あっ‼︎ 言っとくが、あれは自腹だからな‼︎」
「おお」
「時間は。ちょうどいいな、事務所帰るぞ」
「おおー」
「疲れてんのか⁇」
「おぉー」
「オレの話聞いてっか⁇ うぉ〜い」
ケイサツ事務所への道中、息吹の話を聞き流しつつ皇真は計算する。最後には返す、本日の買い物代が小遣い何ヶ月分か。