叶空との会話2
「つーことで。要約を頼む」
「幼なじみの問題に注力する為、早急に通り魔を捕獲。後、ケイサツ組織を壊滅する必要がある。お間違いないですか」
「おお。そんで、達成するのに必要な項目リストも作成してくれ」
「かしこまりました」
箸で摘んだレタスを口に入れて、シャキシャキの歯応えを味わう。
1人きりの食卓。けれども、肉団子・コロッケ等が並ぶ夕飯を話し声が囲んでいた。
急な仕事で母が居ない知らせは、帰宅途中にきた。もはや日常になりつつあるブラックな職場環境。
不愉快ではあるが、文句を言っても変わらないのだ。これ幸いと人目を気にせず、テーブルにスマホを置いての作戦会議である。
「完了しました。読み上げますか」
「頼む」
温め直した味噌汁を啜りながら、耳を傾ける。
「1、通り魔の情報収集。2、息吹武信と交友関係を築く。 3、ボウソウゾク・リーダーの情報収集。4、通り魔捕獲。5、身の安全の確保。6、軸屋匠の手帳とノートパソコンの窃盗。7、ケイサツの壊滅。以上7項目。優先度の高い順に作成しました。いかがでしょうか」
確認を求める叶空へ、ちょっと待てと手で伝える。
口に含んでいた米を飲み込み、水を一杯。7つの項目を頭の中で復唱した皇真の、つっこみが入る。
「5番目なんだよ。んなこと俺は必要事項に言ってねぇし、3番目のボウソウゾクだって問題片付けた後でよくね」
「3番目に対する答えは以下になります。ボウソウゾクの情報を得れる場所。それが現状では壊滅予定にあるケイサツ組織のみ、という理由からです」
「あ、あー確かに。そうだわ」
聞いても教えてもらえるまでが、遠回り過ぎる。ハッキリ言うならば、面倒な歩に頼るのを控えたくて、自ら調べることにしたのだ。
これは歩への信用とは別の話になる。振り回されっぱなしの、利用されっぱなしの己自身に腹が立っているのもあるが。
自分自身が体験した事実こそ真実である。その信条を持つ皇真は、自分から積極的に超能力界へ関わるのを決めた。
今後の計画を実行をするに辺り。それは責任を取れることか否か。または、取るべきものなのか。何かしらの言動を起こす際に、皇真が自分に定めている指針とのすり合わせも兼ねての会議だ。
「希愛来を連れて来たっつー組織のリーダー。絶対に会う必要がある」
そも、皇真はボウソウゾクの活動拠点も知らなければ、実際に見たこともない。
ボウソウゾクとケイサツ。敵対関係にあるならば、当然、倒す為に両組織が互いをリサーチしているだろう。尋ねるにはもってこいの相手と言える。
但し敵である以上、ケイサツから聞ける話は色眼鏡越しの情報になってしまいざるおえない。しかし、リーダーの身体的特徴・居場所さえ聞ければ充分だ。
「潰すのは、ボウソウゾクについて聞いてからか。そう言えば、中立の組織があるって軸屋匠の説明で出たな」
ガッコウ。心中で呟いた皇真は思わず、ワカリヤスイネーミングにふいた。
実に覚えやすい。客観的に見た組織の特色を表している。
ケイサツと歩の他に超能力関係者とのツテがない今は、ガッコウを気にしても仕方がない。
思考を軌道修正して問いを重ねる。
「そんで、身の安全の確保は⁇ 最初から危険を承知で俺は厨二の世界に足踏み込んだんだ。保身に走る気はねぇぞ」
少々大きめの肉団子をそのまま口にして、次はコロッケと箸を進める。
「壊滅に成功後、組織の残党に襲われる可能性を考慮しての項目です。超能力での戦いではなく、日常生活に差し障る観点からの意見です」
「流石は持ち主の生活をサポートするナビキャラクターだな。細けぇとこまで、よく考えてくれるわ」
「ありがとうございます。項目の変更をされますか」
「いんや。それでいい」
ごちそうさまと両手を合わせて、食器をシンクへ。スマホは側の調理台に。皇真の手がスポンジを握る。
「テレビ、スイッチオン」
まずは世間一般で公開されている情報から。テレビをBGMに洗い物だ。
目的のニュースは、つけて直ぐだった。女性アナウンサーの声が耳に流れる。
──本日、午後11時頃、トウキョウ都ノカノ駅近くの路上にて。3人の学生が……
事務的に読み上げられる内容が、ドキリともギクリともつかない心境にさせた。
自分達のことではないと言えど、事件のど真ん中にいたのだ。居合わせた現場が報道されているのを見るのは心臓に悪い。
ニュースの画面が切り替わり、中継をしている男性アナウンサーへつながれる。
──こちら事件が起きた現場です。事件当時は騒然としていた路上も、現在は通常の人通りに戻っています。
しかし未だ犯人は捕まっておらず、所轄の警察による厳重警戒体勢が引かれています。同時に、民間人へ不要な外出は控えるよう注意を促しており。現場近くで働く人、また近隣住民からは「通り魔はいつ捕まるのか」と警察への不信の高まり、不安の声が相次いで……
探偵事務所「wonderland」で、サトウと一緒に視聴していた、昼間の生中継と内容は概ね同じだ。事態は好転していない。
画面は直ぐにテレビ局に戻る。目撃者の通報やら被害者の発見状態の知らせが終わると、事件について気難しそうな専門家が見解を話し始めた。
──私が皆さんに最も言いたいのはね。『無差別殺人犯』の呼称です。
予想外の切り出しに、洗い物をしていた皇真の手が止まる。
──呼称、と言いますと。通り魔ですか。
小さなテロップで犯罪心理学者と張られている専門家に皇真も注目する。
妙に耳に残るしゃがれ声が語る解説は、真に迫るものがあった。
──それですよ、それ。いいですか。通り魔の『魔』はね、魔がさすの魔でもあり『魔物』を意味をするんです。
これはね、人間ではない何かだと認識してしまっている呼称になります。マスコミも騒いで、この呼び方をされてますがね。よくない傾向にあるんです。
──通り魔ではなく、無差別殺人犯と周知するのが大事と言うことですね。
きな臭くさい話になりつつある流れを、アナウンサーの綺麗にまとめた言葉が切る。だが、特定の分野に精通する者は、往々として語りたがる生き物だ。
その専門家も例に漏れず、場の空気を読まなかった。
──そうです。通り魔なんてご大層な呼び方をしていたら、殺人犯の自尊心を肥大化させかねない。我々だけではなく、周りも、お前がしているのはただの人殺しだと認知させるべきです。魔物扱いなどもってのほかです。模倣犯が出てもおかしくない異常事態を招く恐れがあります。
──なるほど。自尊心と言えば『現代病』も犯罪に繋がるきっかけとされていますが、犯人の動機はこれらに当てはまるのでしょうか。
皇真の口から息がもれる。
気付かぬうちに、熱く語る専門家の話に感じ入っていた。
しっかり落ち着いて聞きたくなった皇真は、スポンジを皿に擦り付けて急ぎ中断していた洗い物に取りかかった。
その時、専門家の話を遮る速報が入った。
──失礼します。速報です。今日午後11時ごろ、ノカノ駅近くの路上にて、重体で発見された学生3人の『死亡が確認』されました。
皿が滑り落ちる。顔を上げられない。
──運び込まれた病院にて……
皿は重ねて置いていた他の皿にぶつかり、ぶつかり合った2枚は端から亀裂が走る。割れはしなかったが、もう使い物にはならない。
──昨年10月より発生している無差別殺人犯の犯行と警察は見て調査を……
すらすら淀みなく受け入れがたい知らせがアナウンサーの口から発せられる。
「オフ、テレビスイッチオフ!!」
咄嗟に叫んでいた。
通り魔、死亡の言葉に引きづられて、考えるのを後回しにしていた名前が脳裏を掠める。
『息吹さん、狩人にご友人を殺されているんですよ』
ぐしゃりとスポンジが泡立つ。棒立ちのまま固まる皇真の傍らで、通知音が軽快に鳴った。瞳だけが動く。
叶空がひどく困惑している。
皇真も、これはどういう意図かと、眉根を寄せた。
スマホの画面に表示されたレインのメッセージ。アプリを起動せずともロック画面に冒頭文が通知としてくる。送り主の名は、息吹武信。
「明日、金持ってノカノ駅に来い。署長には──」
蛇口をあげて泡を流しながら、呟く。
「やっぱ、殴り合った方がいいかもしんねぇ」
拳を混ぜ合わせれば、その人間性もわかるものだ。皇真は体験に基づき息吹を知ろうと、明日のシュミレーションを頭に描く。彼なりの対人関係を良くする為の努力だった。