3話「超能力」
「いかに正当な理由を作り返品もしくは交換するか」と浮かんでいた問いを考え直さなくてはならなくなった。今度は──
「いかに厨二を回収せずに済ますか」叶空に感情があるのを考慮し。フラグ回避に焦点を当てて質問しなくてはならない。
こういうののお決まりといえば、必ず何らかしらの事件に巻き込まれる。そして理不尽な運命に翻弄される、だ。
いずれもこちらがおとなしくしていても、勝手に起きるフラグタイプに思える。であれば、事件現場たり得る「場所」事件関係者なり得る「人物」を聞き出し対処法を立てたい。
最悪の場合、皇真自身が予期せず起こしてしまうかもしれない「アクシデント」、例えば叶空の暴走等の可能性も潰したいところだ。
こんな真面目に悩む必要あるのか。一瞬疑問が過ぎる。アニメや漫画の世界が現実になるなどあり得ない。そう思うも不安がつきまとう。
現状既に叶空という異物は存在している。
(こうなると超能力もあると考えるべきか)
それこそないだろ、そう否定しきれない「光景」を皇真は数時間前に目撃していた。
スマホを買う時に起きた「ちょっとした事件」あの時は『現代病』による不審者が錯乱している、ぐらいの認識だった。今思えばあれはそういう事なのか。
(でも、AIに感情あるのはまだ認められっけど。超能力とか科学ぶっとばしたもんありかよ)
AI。自動学習機能の構造は皇真にはわからない。けれど学習していく過程で、機械が人間の知能を超え感情と変わらぬ何かが芽生えた。そんなイメージなら皇真にも湧く。
対して超能力は実在する根拠が乏しい。大昔にスプーン曲げやらエスパーなんて呼ばれた人達は、後に手品の類いだったと明かされた事実がある。
一言「超能力ってあるの」叶空に聞き先程中断した超能力の登録とやらをすれば疑問は解決する。が、解決した犠牲に大きなモノを失う気がして皇真はまた身を震わせた。
「なぁオッ……トア」
「はい、なんでしょうか」
すっかり元に戻った叶空にひとまず安心し、なるべく刺激しないよう会話を試みる。
「最初「俺は選ばれた」ってほざ……言ってらしたがよ。他にも選ばれた奴いんじゃねぇか。いたとして、どんくらいいんの」
「申し訳ありません。その質問にはお答え出来ません」
「……例えば街中とかでよ。選ばれた同士が互いにそうだってわかる機能かなんかあるか」
「あります」
そのお答えで選ばれた存在がいると判明したも同然だ。皇真は両目を手で抑えた。
「詳しく」
「超能力は超能力者のみ効果対象になり、また認識出来る力です。発動は超能力者でない人がいる時は出来ません。ですので超能力を見聞き可能な人。もしくは近くに人がいて発動出来た際、その人は超能力者です」
「タンマ」
スマホを脇に置き、皇真は部屋を出た。主人が居なくなった部屋、遠くからくぐもった悲鳴があがる。数分後、荒い息を吐きながら皇真は帰ってきた。
どっかり腰を下ろしベッドに胡座をかき、スマホを掴む。
「もし、もしもだ!! スマホがバキバキに壊れて修理も出来ねー状態で買い替えたら、その、あれ、ちょうのうりょくは引き継ぎどうなる」
「されません。本体の買い替えにおいて引き継ぎ可能なのは電話帳等の基本データのみになります」
「……タンマ」
再びスマホは脇に置かれ、部屋の主はいなくなる。次は悲鳴でなく何処かのドアが開く音がした。
***
風呂場に行った皇真は思い切り蛇口をひねった。勢いよく出た水が桶に満タンになったのを見計らい止める。両手でしっかり桶を握りしめて、口から息を吸い込み顔を突っ込んだ。
「ぶあがぐあ!!」
意味をなさない音が桶に吸収され、大量の気泡が浮かんでは消える。
水が溢れ半分くらいになったあたりで皇真は顔を上げた。桶を浴槽の蓋に乗せて、洗面台にあるタオルを取り拭く。
(てーとなんだ。「あれ」はそういうことか)
スマホの契約時に起きた事件。その世界に自分も関わってしまったのか。皇真は超能力が実在する根拠たる光景を思い出して膝から崩れ落ちた。
全てが白で統一されたスマホショップ。日曜日のそこは賑やかであった。
店の中央にある円型のソファーで退屈そうにスマホを弄る人もいれば。席が空いておらず、スマホカバーがズラリ並ぶ壁やらお試しのスマホをいじったり目的なくうろつく人。
まだまだ発展途上のアンドロイドが、カウンター脇で何度も同じ内容の会社PRをパクパク喋る。時折それに話しかける子供とロボットのちぐはぐな会話が微笑ましい。
そんな賑わいは一人の男により裂かれる。
「お願いします!! 金ならいくらでも払いますから、どうか、どうか」
大粒の涙を零し声を震わせる男は、掴みかからん勢いでカウンターにいた。
ただ事でない雰囲気に店内が静まり返ったのは束の間だった。すぐさま、あちらこちらで囁き合う声、果てには写真に動画を撮り始める者と好奇の目が集まる。
「お客様、この状態では直せませんので。買い替えを」
不運にもその男の担当する店員の下には、車にでも轢かれたのか無惨に壊れたスマホが鎮座している。素人目にも修理のレベルを超えているのは明白であった。
にも関わらず、男はカウンターから二、三歩よろけるように後退り、地に頭をなすりつけてまで懇願する。
「お願いします!!」
「いえですから」
「じゃあオレのスマホどうなるんですか!! 捨てるんじゃないんでしょう。部品はあるんだから使うんですよね!!」
「再利用はしますがスマホとしてでなく資源や部品へリサイクルする形に」
「それって直すってことですよね」
「いえですからそうでなく」
ループするやり取りを、隣のカウンターで覗いていた皇真は視線を前に戻した。
母と横に並び座ってどれほど経ったか。長々と続く必要事項の説明に書面記入。防犯登録の指紋認証やらは終わる気配がなく。女性店員は悪くはないとわかっていても、ただでさえイラついていた。
呆気にとられている二人の意識を引き戻すべく。記入途中のこれまた長ったらしいアンケートに、皇真はガリガリ音を立ててペンを走らせた。
すると店員と母はハッと皇真を見てバツの悪そうな顔した。店員が声を潜ませ「申し訳ありません」と一枚の紙を差し出し会釈する。
「必要書類はこちらで最後です。もし他にお聞きになりたいことがありましたら、場所を移動しますがいかがなさいますか」
母と皇真は目配せし「NO」と首を振った。
やっと終わった契約に即行で二人は席を立った。店を出る時、すれ違いざまに警官が慌ただしく入って行く。
「やだ、いやだ……いやだっ。離せ!! 待ってくれ!! お願いします返して下さい。『力』を返してくれよ!! お、俺はコイツに人生かけてたんだ!!」
後ろから、いっそう激しくなる喚きが二人の鼓膜を震わせた。
店の外にまで軽く集まりだしていた野次馬をかきわけて進む。そうして駅前の開けた場所に着いた途端、どちらともなく重い息を吐いた。
「すごかったね。現代病のせいかしら」
母が歩きながら話し続ける。
「なんだか鬱病やらパニック障害とか増えてるみたい。最近酷くなってるってニュース見た」
ストレスによる精神疾患、生活環境病。今世だからこそ患う病は、日に日に人口が増し病名も増して総称までついてしまった。
「現代病」定義は広く曖昧だが、店で騒いでいた男はこれに当てはまると皇真も思う。
(スマホに。人生を)
男の言葉が頭に蘇る。
「──」
服の裾を握りしめ呟いた皇真の言葉は人混みに呑まれ、母の耳に入ることはなかった。
話しかけても反応が返ってこない様子を見ていた母が話題を切り替えた。
「にしてもバックアップをこまめに取っておかないと後悔するって教訓になったわ」
「……そうだな」
「母さんパソコン新しいの買うから尚更よ」
「え、変えんの。今ので充分じゃね⁇」
「ダメよ。古くなっちゃたせいかネットが遅くて仕事になんないの」
「へー」
「皇真もスマホこまめにバックアップ取っときなさいね」
入学祝いを兼ねたそれへ視線をおとし皇真は頷く。
駐車場に着く頃には、母も皇真も店内での騒動など気にもとめていなかった。
脱衣場で四つん這いのまま追想していた皇真はよろめく体を立ち上がらせ、壁にもたれかかる。
(今ならわかる)
男が言った『力』は仕事かソシャゲの大事なデータかと思っていた。
しかし、そうではなかったのだ。
男が土下座までして取り返そうとしてたのはバックアップし損ねたデータじゃない。
「超能力、か」
思い返せば男が持ってきたスマホの壊れかたは尋常ではなかった。
あれも車に轢かれた、のではなく。恐らく「車に轢かれた」ぐらいの衝撃が加えられたのだろう。
超能力といえばジャンルはアクションだ。ありがちな超能力者同士の抗争。
その敗者の末路を、超能力者に選ばれた当日に目の当たりにした。そういうことだ。
(いや俺はああはならねぇけど)
皇真はスマホが壊れた時を想像し頷く。「金がかかる。やだな」と「お袋に悪いことしちまった」程度で済まし終わる。
冷静になってきた思考で、現状を振り返る皇真の瞳は虚に宙を彷徨う。
「つかれた」
これから叶空に質問する内容を決めて対策を考えて実行する。そんな気力がない。
「あーそうだ」
母からの連絡も確認しなくてはならなかったのを思い出す。ふらふら体を揺らし自室へ戻る短い道すがら、皇真は目的を変更した。
「いかに厨二を回収せずに済ますか」から「早く安眠する」へ。
叶空には最低限のフラグ回避について聞き、細かいことは明日対処すればよい。
部屋に着いた皇真はベッドに寝そべり、枕元に放置していた叶空に
「超能力の認知は超能力の登録をしなかったら無効なのか」
「叶空は常に画面にいるのか」
以上二点を聞いた。前者はイエス、後者はノーの答えに一応の満足し、基本の設定をした後に母のメッセージを読む。朝には帰ると書かれた文字に安心したせいか、眠気が押し寄せる。
「叶空。あした6時におこせ」
返事聞かずして皇真は眠りについた。