25話「空振り親睦」
聞く耳持たずして無邪気な笑みで再び地を蹴った皇真に、息吹は覚悟を決めた表情で手の平を皇真へ向けて技を放つ。
「アイスホールドッ!!」
2人を割くべく空気の凍てつく音が鳴り、今度は柱ではなく、しっかりと形作られた氷の板が皇真の行手を阻む。
それを先と同じく粉砕しようと、皇真は速度を下げず勢いのまま拳を振り上げた。その皇真の視界が突如ブれる。
足に何かがぶつかった事で、体が急停止したのだ。慣性に習い前へ倒れそうになる体を支える為に、開けた拳を氷の板に半端叩きつけるも着いた手は滑り体制が崩れる。
視界に映る凍りついた足元に、躓いた原因はこれかと皇真の口から舌打ちが漏れた。行手を阻む氷は薄く、力を込めた先から剥がれ落ちる。完全に動きを止められたのではない。
常人ならばここで必死に身動きを封じられまいと足踏みをして抗うだろう。そうして下方に気を取られてる隙に360度包まれた氷の世界に閉じ込められるのだ。
集中して放たれた壁は分厚く、氷を溶かす炎か破壊出来る超怪力か、もしくは軸屋の超能力を無効化する能力でもなければ脱出は不可。絶対零度の中、心身凍えまともに動けなくなる。
前方へ注意をさせる氷の板、わざと薄い氷の足止め。初見殺しの二重フェイク。例え相手が盛大に転ぼうが、フェイクで出した氷の板が受け止め衝撃を吸収する。大事にも至らせないこの技は息吹の十八番だった。氷は淀みなく息吹の想像通り形成していく。常人だったら、このまま捕獲される。常人だったのなら。
前へ進む、相手へ拳を届ける想いが皇真にそうはさせなかった。
完璧に包囲が形づくより早く、皇真は横っ飛びに体を投げ出した。足止めを解くにはあまりにも短い時間で氷の罠から脱出して、身を起こす。
皇真へ向け開げていた手を握り「捕獲完了」と決めゼリフを言う気満々だった息吹は、指先を曲げた状態で呆然と声を漏らした。
「どうやって」
「なぁ息吹よ」
壁際に居た息吹はもはや後ろに逃げれず、驚きのスピードで迫る拳をギリギリでクロスさせた腕で受け止める。
「漢なら超能力なんざ使ってんじゃねぇぞ」
次いでステップを踏み放たれた回し蹴りを腕だけでは防ぎきれなかった息吹は、倒れる途中見えた足で全て理解した。
「お前、靴」
「ダチになんなら実力でぶつからなきゃなれねーだろぉが」
追撃を止めた皇真は息吹の出方を待つ。
その間に皇真の足を確認して、今も残る氷の場所を見て息吹は痺れる腕をぶらつかせながら起き上がる。驚きを通り越し呆れた眼差しで皇真へ聞く。
「どんな神経してんだ、お前。足元の氷は剥がせた。なのになんで」
氷のドーム状になる予定だった地面に残る二足の靴。
もし左右前後に高くなっていく壁がハッキリ目に見える物なら、まだわかる。緊急性に気づき咄嗟の判断で靴を脱ぐ荒技に出るのにも頷けた。
でも氷は無色透明、日の光も当たらないこの場所で自身を囲む氷に気づくのは難しい。
つまり皇真は剥がせたにも関わらず、足を凍らされた瞬間、躊躇なく靴を脱ぎ捨てたのだ。
「マジで獣かよ」
「いやテメェが馬鹿なんだよ」
「あ⁈ 答えになってないぞ」
「自分でほざいたんだろ、その、あの、ホールドって。あの場に留まるのは良くねぇて丸分かりの馬鹿過ぎる、あの……あぁあ!! あれ、だ!! あれ」
「技名か⁇」
「……うん」
急にしおらしくなる皇真に不思議に思いつつ、素直に皇真は頭の回転も早いと感心して。そうじゃなくと叫んだ。
「超能力は仮初だとか、漢なら拳やら、能力使わない理由はそれか⁇」
「当たり前だろ」
「能力の発動条件が厳しいからでなく⁇」
「やめろやめろ厨二言語をこれ以上出すなや」
両腕を摩る皇真に、息吹はカチンと来ましたと言わんばかりに眉を吊り上げた。
「さっきから厨二厨二って馬鹿はどっちだよ。オレは現実見えてる、厨二じゃない」
「仮初の力使ってる時点で厨二だわ」
「はぁ⁈ 超能力は実力なんだよ、能力も使わないで、ちょこざいな事言うな」
「ちょこざい⁇ 厨二言語はわかんねぇんだ、一般言語で喋れ」
「お前やっぱ馬鹿だろ、いいかちょこざいってのは」
自然と声が荒く大きくなっていく言い争い。飛ばし合う罵声が反響し始めた、その時だ。
空間に走ったノイズに2人は口を塞ぐ。皇真は驚き、息吹は恐怖で。
初めての体験に皇真は耳を触って辺りを見渡して、サイトウの横に佇むある人物に思わず背を伸ばした。
息吹の氷より遥かに冷たい黒曜石の瞳が両者をただ、ただ見つめていた。呼吸する事さえ憚られる女王の威圧、怒鳴りつけられた方がマシな空気に耐え、どれほどか。
ネリーは真っ赤な紅をのせた唇をほとんど動かさず、まさしく吐き捨てる様で言葉を落とした。
「クズが」
それだけ残して、スリットをはためかせる。ドアが閉まる音に皆が皆、強張っていた全身から力が抜けた。
「ノブ君、大丈夫⁇」
駆け寄るサイトウに、息吹が笑って手を振る。
「ああ、こんくらいへっちゃらだよ」
「手当てするから事務所戻ろう」
「人の話聞け、大丈夫だって」
「ノブ、従う」
なんともないと平気ぶる息吹の背中をイトウが押す。
皇真には目もくれず息吹の心配をするサイトウコンビに、置いてけぼりをくらった皇真は3人の背へ冷めた視線を送りながら靴を取りに行った。