24話「実力テスト」
その他ケイサツの主なシステムを聞き終えた頃、階段を降りる音に3人の会話は止まる。
「お待たせ、息吹この後頼むぞ」
「うっす任せて下さい」
「五宝君、俺は外回りに行くけど大丈夫かな」
「はい」
ケイサツが忙しいのは本当らしい。トップでさえ足を動かしているのだ。どこに行くのか、何をしているのか等気になりはするが、踏み込むには早過ぎる。
自然と軸屋を目で追っていた皇真の視界を息吹が遮る。邪魔するかのように立つ彼は、皇真の知る刺々しい空気を纏わせていて、すっかり目が覚めた様子だ。
「サイトウ、コイツへの説明は終わったか」
「うん。問題なし」
「完璧」
2人の肯定に息吹は満足げに頷くと、ニヤリと意地の悪い笑みを皇真へ向けた。
「オレらも外に行くぞ。着いてこい」
「さっそくパトロールか」
「いいや」
息吹は笑みを深め言う。
「実力テストだ」
***
ゴミや作業道具を片付けておく場所として使われているそこは、四方高くそびえる壁に覆われた空き地だった。建物が尻を突き合わせ人目を遮る、まるで超能力を使う為に生まれた異様な空間、パズルのピースがかけたような場所だ。
空でも飛ばなければ、ネリーの店の裏口からしか出入りは不可能。会議室の真上に位置する。
店の敷地であって店の外にあるおかしな場所に、皇真が事務所で覚えた違和感の正体があった。
(広すぎるとは思ってたんだよ。けど、ここ──)
1階と地下の範囲の誤差。店内の領域に対して不釣り合いの地下の広さ。ここに来て解消した違和感。されどキョロキョロする皇真に息吹が「ハッ」と馬鹿するように笑い、
「ビビってんのか。安心しろよ、ここならお前の無様な姿を見れんのは俺達だけだ」
既に勝利を確信している声色だ。
「おら来いよ。先手は譲ってやる」
余裕綽々に両腕を広げて見せる。ゆったりとした表情、しかしそれは同じく何かを確信している笑みを浮かべる皇真を見て崩れる。
裏口で見守るサイトウを背に皇真が犬歯を見せるように口を開く。
「俺が先手、でいいんだな」
動くのに邪魔なカメラはサイトウではなく、ここに来る際、何故か預かると自ら名乗り出たネリーの手元にある。
軽く屈伸して準備運動をした皇真はパーカーのポケットにあるスマホを布越しに握る。
「ちゃんとファスナー付きだろうな。うっかり落として割れた、なんて笑い話にもなんないぞ」
ポケットに視線を飛ばす息吹に頷いた皇真は、静かに問う。
「……怪我は、いいのか」
「こんなもん怪我の内にも入んねえよ」
問題ないと、傷だらけの手をひらひら振ってみせた息吹が「ああ、もしかして」と、目を細める。
「『怪我してなきゃ負けてなかった』なぁんて、言うと思ったのか。安心しろよ。そんな未来はないんだからな」
「そうか」
「だからさっさと──」
「そうかそうか、安心したわ」
「あ⁇ あぁ、負け惜しみなんて言わねーよ」
「そうか……そっか。よかった。本当」
「お、おい。お前どうし」
先の言葉を皇真は紡がせなかった。
「嬉しいわ」
その声は吐息がぶつかりそうな距離で囁かれた。
「うぉ!!」
のけぞった息吹の鼻先を皇真の拳がかする。いつの間に距離を詰めたのか。目を見開く。即座に状況を把握した息吹が後ろに下がろうと足に力を入れ、体を後ろへ逸らす。
その息吹を逃さないとばかりに、頭を薙ぎ払うように、体を半回転させ、突き出していた腕を鉤爪かの如く大振りした皇真の攻撃が襲う。
しゃがんで回避した息吹は、目の前にある無防備な足へ蹴りを入れた反動で後ろに飛び退く。その瞬間。
低く浮いた体、その頭上を影が覆う。
「は⁇」
見上げた息吹の瞳に、皇真の、顔が、映る。頬を赤らめ、今にも涎を垂らしそうな唇が、鏡合わせに映る。
その唇から発生された音が空気を震わせた。
「アハッ!!」
恍惚とした表情で、抱きしめてくれとばかりに倒れ込む皇真が頭を振りかぶり──
両者の頭がぶつかった、鈍い音が壁に覆われた空間に響く。
視界が一瞬白くなり、霞む向こう。痛みを訴える頭へ反射で伸びた息吹の手を、皇真が袖の裾を掴み引っ張る。
力に逆らえず息吹の体はコンクリートの地面へ横たわった。
「ノブ君!!」
サトウの焦った声に、息吹は即座に転がる。回る世界の端に皇真の足が掠め、あのまま寝ていたらカエルの鳴き声の真似をするハメになっていただろう。
ゴロゴロ転がる息吹の体は壁にぶつかり止まる。近づく足のシルエット、立ち上がっている暇はない。目前まで皇真が迫っているのだ。
「アイスッ、シールド!!」
腰のホルダーにあるスマホへ叫ぶ。
声に反応して発動した能力は、皇真と息吹の間に巨大な氷柱を生み皇真を足止めした。
いつもならば、モノリス型のしっかりとした障壁が形作れるソレは歪な形で。精神の乱れを感じた息吹は「しゅうちゅう」と吐息と混じりに吐き出す。
事前に皇真の能力を知っている息吹は、皇真が「人間」は幻影で作れないと聞いていた。故に最初の不意打ちもそうだが、皇真は能力を使っていない。純粋な戦闘力のみで己をここまで追い詰めていると理解し眉根を寄せる。
全く喧嘩もした事がない人間がいたら、圧倒的に皇真が優位に見えているだろう。実際、息吹の服は全身地面を転がって汚れまみれで、頭にはコブが出来てしまっている現状。
しかし、能力者からしたら両者の優位性は紙一重でそうなっているに過ぎなかった。
第一に皇真へ軍杯が上がる決め手になった頭突き。対象へダイブしての攻撃は、大胆不敵と言えば聞こえはよくとも、息吹が空中で身を捩っていたら地面へ真っ逆さま。全体重が乗った頭は地面に叩きつけられ割れていた。
息吹が皇真の異様さに気を取られていなかったら、彼は今頃病院だ。自殺行為に他ならない。
壁側まで転がった息吹へ全速で突っ込んだのも、あまりに無謀な行為だった。
事前に息吹が能力を知っていたのと同じく、皇真も廃ビルで凍りつく室内を目の当たりにしていたのだ。下手に特攻したら能力で防がれ、氷に身体は打ちつけられるとわかっていた筈だ。
それだけなら脳震盪で済むが、もしさっき息吹が足場を凍らせていたならば、透明の板にスイカの飛沫のように血飛沫が舞っていた。
危険を承知でそうした命知らずか、ただの馬鹿か。
(やりにくい)
皇真の戦闘スタイル、それに似た、否、戦闘なんて言えもしない暴れ様に息吹は覚えがあった。
かつて倒してきた敵。戦いに敗れスマホを取り上げられて、壊されまいとなりふり構わず襲いかかって来た敵達と同じだったのだ。
初めて体験した時に、息吹は思った。
何をしでかすか予測のつかない人間程、恐ろしい相手はいない。
今はそんなハメに合わぬように身動きを封じる方法をとって倒しているので、忘れていた。久々の恐怖が息吹の表情を歪ませる。
素早く立ち上がり、眩む脳みそを働かせて、言葉を探す。
どう考えても皇真のタガは外れている。緊張で頭がのぼせたか。落ち着かせるのを優先して息吹は言葉を投げた。
「こっちから手は出さない、ストップ。止まれ、繰り返す俺はお前を攻撃しない約束する。一旦中止、冷静になってくれ」
出来る限り柔らかくゆっくり、人質を取り警察を脅す犯人へ告げるのを真似た口調で語りかける。だが、落ち着かせる為に選んだ言葉は更なる事態の悪化となる。
「言ったろ、これは実力テストだ。能力を、つかっ……て」
最後まで声にならず、言葉は途切れ消えた。
氷を挟んだ場所に立つ相手。皇真は、嬉しがっていた。戦いに酔ってるのでもなく、純粋に幸せだと滲む表情で。クリスマスにサンタがきたとはしゃぐ子供を彷彿する。
弾んだ声で皇真はいつものセリフを言う。
「漢なら拳一択」
空気を吸い込み、文字通り掲げた拳が、2メートルを越す軸屋が腕を回しやっと届く太い氷の柱を粉砕した。
折れた氷の柱は地面で砕け散り破片が飛ぶ。
「やっぱ、不良こそ本物の強者だ」
呆然と見る息吹へ皇真は拳を胸につけて「まま見て見てサンタさんだよ」と言う子供と変わらぬ言動で話しかける。
「仮初の力で戦う厨二は弱者なんだ」
それでも。皇真は、中身はなんだろう、なにが入ってるのかな、なんてサンタの正体を信じる歳ではない。
「なぁ息吹」
首をこてんと傾け、笑う。
「約束なんざいらねぇよ。拳で語ろうぜ」
ファイティングポーズでベルならぬ戦闘の続行を報せるゴングを鳴らす。