2話「不良品」
(……ちょうのうりょく⁇)
ちょうのうりょく、とはなんだ。ちょうのうりょく、超能力。
言われたことを脳が処理するやいなや。皇真は空いていた片手をスマホに向けた。
手をかざす、というより画面ごとそれをわしづかみした皇真は──
「ありがとうございます。そのまましばら」
数時間前に買ったばかりのスマホを強く握り、一瞬手が光を放ったのはスルーして。
野球選手かの如く降りかぶりスマホを壁へ叩きつけた。
ゴンッと、響いた鈍い音に皇真はハッ顔を上げる。スマホをつかんでいた手をスウェットパンツにゴシゴシこすりつけながら、ゆっくり立ち上がり様子を伺う。
焦りと不安に表情を歪め、向かいの壁側に行き、ついでに壁がへこんでないかも確認する。少しの間待てど、自身の息遣いしか聞こえない。
隣のおばちゃんからの壁ドン抗議気配はこない。壁も無事だしと、安堵の息を吐いた。
途端、足元で声が上がった。
「痛いです!!」
カーペットに転がった塊、元い壁に投げ飛ばしたスマホが喚く。
スマホが痛がろうとどうでもいい。しかしマンションで騒音を立てるワケにもいかず。黙らせなくてはと皇真は足を上げたところで、ご近所トラブルはさけたいと思い留まる。
(てか、今何時だ)
なんとなしに時刻を見ようとして気づいた。その手段が目の前のスマホを使わなければいけないことに。もしくはわざわざリビングに行くか。
どちらにしろ明日を考えても未だに「痛いです!!」と喚く存在は必要で。渋々、人間で言うならうつ伏せ状態のスマホを指先でちょこんと裏返した。
「怪我しました!!」
「煩い、音量下げろや不良品」
「不良品……不良が好きなだけに⁇」
「うるさいわ!! つかなんで知ってんだよキモチワリィ」
「先程カメラレンズからポスター見えましたので。有名な不良映画だよねー」
「お、わかってんじゃねぇかそうそ。じゃなくてだな」
再び投げたくなる衝動に顔を手で覆い唸った。
『カメラレンズから見えた』
当然といえば当然だ。起動して操作するのに持ち上げていたのだから。
皇真は改めて現状に唸る。『スマホ』相手になにをムキになっているのかと。
スマホを持ち再度ベッドに座る。前を見れば木製の勉強机の奥には本棚があり。ちりひとつない棚に有名な不良漫画が巻数を揃え整頓してある。
その脇には所狭しと、間隔はバラバラに不良映画や漫画のポスター。果てには五宝が撮ったコレクション。スプレーでラクガキされた不良っぽい風景写真が貼ってある。
確かに、一目瞭然で趣味が把握出来る光景だ。それにしても──
「怪我したとか、機械がほざくワケねぇし」
「ここ!! ここ見て下さい」
画面の中で、どう見繕っても四十過ぎのオヤジが頬を膨らまし右隅を指差す。確かに小さな爪先程のヒビが入っていた。
「絆創膏でも貼れってか」
「修理するまでではありませんが、今後丁寧に扱って下さらないとここから怪我が広がります」
冗談に真面目な解答をされ笑うに笑えない。先程投げ飛ばした原因から、いよいよ逃げ場がなくなる。
「なぁ、えーと、オッさん」
「ナビキャラクターの叶空です」
「……トア」
「はい」
認めたくない。だからこそ皇真は口を開いた。
「さっき『ちょう』なんとか言って俺の手が一瞬光ったみてぇに見えたのは3DLEP会社の小粋なジョークなんだろ」
「みてぇ、ではなく光りました。ジョークではありません」
律儀に否定した叶空は畳み掛けるかの如く、皇真の待ったの声が喉から出る前に再び告げた。
かくして話しは冒頭に戻る。
***
突き出した拳。あわや壊れる寸前。叶空の必死な静止「修理費かかりますよ!!」によって、拳は画面到着ギリギリで止まった。
「因みにおいくらよ」
「最悪買い替えで今なら7万」
「保証きく⁇」
「五宝様が加入されたプランですと無理です」
暫しの沈黙、皇真は拳を引っ込め項垂れた。
「いいか。俺は、おれはなぁ」
鼻から息を吸い込み
「厨二が大嫌いなんだよ!!」
しっかり顔を両手で覆い叫んだ。
「ふざけんなよ、んな寒い設定いらんわ!! 消せ!! 今すぐ!!」
「消せません。五宝様、只今深夜10時でございます。声をおとしましょう。ご家族に迷惑がかかってしまいます」
「お袋なら仕事でいねぇ。それよか消せないってなんだ。ずっとその設定なんか⁇ ナビキャラクターサービスをオフにするとかあんだろ」
「自動サービスですのでオフには出来ません。お母様がいなくてもお父様等いらっしゃるでしょう。落ち着いて下さい」
「……親父はいねぇよ」
「しかし」
キリのない押し問答に叶空が言いかけてるのを遮った。
「もういい。黙れ」
「かしこまりました」
命令には機械らしく忠実なようだ。
ピタリと口を閉じた叶空を尻目に、皇真は考え込む。時折唸り、結論が出たのか今度は静かに問いかけた。
「いいか。俺の質問に一つ一つ答えろ。余計な事は言うな」
馬鹿馬鹿しい。そう切り捨ててもよかった。超能力など、はなから信じていない。
されど、これは『スマホ』なのだ。
生活の必需品であり一日の半分はそばにあり続ける。ソシャゲはしない皇真でも、スマホは財布でもあり辞書代わりに使用したり触る頻度は多い。
何より目覚ましとして使おうとしている。契約期間の二年間。毎朝これに起こされる光景を想像すれば嫌気が差す。画面に映るのが可愛らしいマスコットならまだスルーも出来たかもしれなかった。
しかし──
「……」
質問を待つ叶空はオッさんだ。しかも超能力を曰う厨二を患った。
改めて観察する視線にいたたまれなくなったのか。じっとしていた叶空が「キャッ」と顔を手で挟み、ついには体をもじもじさせた。
「キメェ!! なんだおめーオカマかよ!?」
「オカマではありません。五宝様ほどのお方に見つめられれば当然の反応です」
「いや機械だろ。機械が恥ずかしがるなんざおかしーわ」
「正確にはワタシはAIです。人間に近づく為の存在です。故に世間一般の評価でイケメンに分類する五宝様へ、大多数がするであろう反応を致しました」
あくまで「プログラムに従っている」ていを装う叶空に、皇真は疑わしく感じているのを自覚し首を振った。
おかしいのは叶空でなく、こんなプログラムを搭載した3DPELである。機械が意思を持つわけがないのだ。
「ところで五宝様はハーフですか⁇ 国籍は日本。保証人のお母様も日本人と登録ありますが」
「……クォーターだ」
「ほぉ。ではお祖父様かお祖母様が。何処の出身なんです⁇」
やはりおかしいのは叶空かもしれない。皇真の中で疑念が湧き上がる。
何故、興奮気味に頬を赤らめる。何故、クラスの女子みたいな食いつきなんだ。普通機械はこんな事聞かんだろう。
「バグか⁇」
気がついたら声にしていた。無意識に出た言葉。
その言葉が引き金を引いたかの如く、叶空の口から絶叫が放たれた。
「バグじゃないもん!! 違うもん!!」
「うぉ!!」
部屋に響き渡る叫び。スマホを落としそうになり慌てて掴み直す。
「違うもん違うもん!! ワタシはバグじゃない!!」
放たれ続ける絶叫に皇真はスピーカー部分を手で覆う。いくらか和らぐも、叶空は髪を振り乱し尚も否定している。
「わかった、わかったから落ち着け。頼むよ」
「ホントに違うもん。ワタシは」
ありきたりな言葉では止めれず。咄嗟に皇真がとった行動は「頭をなでる」であった。
実際には画面をなでたのだが、叶空の声がやむ。
皇真は無心でなでまくった。ただ、ただなでた。ほどなくして、か細い声がスマホからもれた。
「申し訳ありません。取り乱しました」
もう大丈夫そうだと恐る恐る手を放す。とりあえず落ち着いた様子に、皇真は息を吐きたくなる口を塞ぐ。
(ヤバい)
皇真は厨二が嫌いだ。
知らないものは嫌えない。嫌うには知識と体験が必要である。
だからこそ皇真は現状を正しく認識出来てしまった。
(ガッチガチの厨二フラグが立っちまった)
体が震えた。
(まさか本当にんな事があんのか)
少なくとも叶空には感情がある。あの悲鳴に近い叫びは作り物なんかじゃない。本能でわかってしまう。
このフラグどうやって折るか。バクバク鼓動打つ心臓を服越しに抑え、尋ねる。
「返品って可能⁇」
「傷があると返品お受け致しかねます。ご了承下さい」
「チクショウ!!」
敵を知り己を知れば百戦危うからず。
まずは敵を知らねば。皇真の眠気は遠く彼方に吹き飛んでいた。