22話「夜露死苦」
もはや当初の目的を忘れて、いかに歩に華麗なる拳を叩き込むかで頭がいっぱいの皇真はニヤニヤとほくそ笑む。脳内の文句も早く早くと浮き足だ。
「変わらないからです」
「ほぉ知ってるか知らないかじゃあ心構えも随分と違わね〜かなぁ」
文句が勝利の雄叫びと共に拳を下から上へ顎目掛けて振るう。
「貴方のやる事は変わらない」
華恵を助ける為、超能力者の世界に挑む。確かに、変わらない。二の句が告げず皇真の頭は高速回転して言葉を探す。
拳が当たる直前、歩がスッと顎を引いた感覚。まだだ。まだ届く。文句は突き出した拳の勢いのまま足を前へ運ぶ。
「話をすり替えんなよ。俺は情報の共有はしょーぜって言ってんだ。秘密はあってもいいとも言ったがよ、これは秘密にしないとマズいんか、ん⁇」
我ながら上手い。皇真は自画自賛する。文句は体勢を持ち直しただけでなく拳に体重移動による増強までつけた。これは避けれまい。
「秘密にしてたのではなく話てなかっただけです。話をすり替えているのは五宝様の方では」
「まぁ秘密どうこうはいいわ。で、テメェが話してくれてりゃ俺もそれなりの心構えを持って潜入出来たと思う訳よ」
「逆にお聞きします。五宝様の言う心構え、とはなんです」
「あ⁇」
今更何をと言いかけ、皇真は歩が普通ではなかったと思い出す。常軌を脱している相手にどう伝えたものか。理解を促した所で効果があるのかすら微妙だ。
恐らく心境的なのでは話が食い違う。だったら現実的かつ、知識の有無の行動の異なりを訴えて反論の余地を与えなければいい。
「知ってれば危険は減る。少なくとも人気のない道は避けて防御策が取れた」
文句の拳が顎を捕らえた。
「無理ですね」
「なんでだ」
「ケイサツは通り魔を捕まえようと躍起になっているので」
「は⁇」
文句の足が滑る。
「ですから始めから申し上げたのです。変わらない、と」
べっしゃりと踏ん張る事も叶わず文句はリングに沈んだ。
わなわな体を震わせ、スマホを握り締め皇真は叫ぶ。そんなの知るかっと。
「ズリぃわ!! んなもん先に言えや、マジでズルい。卑怯、そう卑怯だ」
「そう言われましても」
「軸屋匠だってよ、通り魔から俺を守りたいとかほざいてりゃケイサツが捕まえようとしてんのなんざ想像もつかんわ」
「ケイサツ組織の目的、活動内容を踏まえれば簡単に推測立つかと」
言われて皇真の口から「あっ」と今気づきましたと声が出る。
「名前通り正義感バリバリの痛々しい奴らの集まりだったな」
「作戦の進捗状況はいかがですか。心配はしてませんが軸屋匠に怪しまれずにケイサツに潜入出来ました⁇」
「あ」
「え⁇ まさか、五宝様⁇」
「いや失敗はしてない」
無事勧誘を受けた事、それも好感触だった事。うっかり作戦を変えたのを報告し忘れていた、通り魔事件を聞いて保留のままにしたのを説明する。
明日にでも息吹を通してオーケーの返事を軸屋に渡せば最初の難関は突破だ。ケイサツ内部の情報を引き抜くのに入れもしなかったらお手あげたっただけに大きな安心を得れた。
カメラを机に置いてベッドに倒れシーツに埋もれる。歩に入りさえすればこっちのものだと、やっと余裕を持てると溢した。
「それはそれは頼もしいです。その調子ですと息吹さんとも本日親睦を深めれたのですね」
息吹の名前が出た瞬間、皇真は眉を八の字に皺を寄せた。宮下の言っていた捨てられた子犬の顔である。
「わりぃ。大失敗だった」
「修復不可能なぐらい⁇」
「そこまでじゃねぇよ。……ねぇよな⁇」
「僕に聞かれましても」
寝返りを打ち見慣れた天井をぼんやり見つめて、今日1日の出来事を振り返る。
何故か初めから棘のある態度だった息吹に連れられて着いた、女王様口調のチャイナ店長ネリーが営むリサイクル店。
迷路じみた店の気付きにくい奥まった場所にあったケイサツ事務所の出入り口。
署長と呼ばれる軸屋に警部・警部補と役職を名乗る息吹と宮下。敬礼をしていた少年達。
どっぷり厨二である。再び寝返りを打ってうつ伏せになった皇真の叫びは枕に吸収された。
「あんな奴らと仲良しこよしのお仲間ごっこをしろって」
鼻で笑い飛ばす。
「テキトーに敵を倒して、それこそ通り魔を捕まえでもすれば信用されっだろ」
要は自分の有能さを見せつけていけば自ずと達成されると言う皇真に歩はやや呆れた風に、そんな単純なものではないと注意を促した。
「有能と評価されるのは良いに越しませんよ。五宝様の能力は極めて特殊ですし使い勝手も申し分ない」
「あ⁇ 誰が能力使うって言ったよ」
「んん⁈ 嘘でしょう、五宝様。貴方まさか」
スマホを持っていない方の手を握る、拳を天井に向けて突き出す。
「男なら拳一択、だろ」
電話口で無茶だの能力を使うべきと必死な歩の警告を無視して、皇真は口角を片方だけ上げた不敵な笑みで宣言した。
***
個人経営店が軒を連ねる商店街。つまづきそうになるヒビが入っているレンガ板の歩道。ノカノ駅前の大通りの一角。
古っぽけた看板リサイクル店ネリーに入って、迷路の奥のドアをくぐる。足を下ろすたびにギシギシ音が鳴る階段を降りて行く。
今日はカレーではなく濃いチーズの匂いが鼻をくすぐる。
(ピザだな)
ドアを開ければ、皇真の予想していた食べ物が長机に並んでる。
「改めてよろしく頼む。今日は楽しんでくれ」
軸屋が笑顔で歓迎する。
「ふんっ」
不機嫌にそっぽを向く息吹。
「『期待の新人』君よろしくお願いするっス」
からかう宮下に、周りを見渡せば先日いた少年達と初対面の子供達が各々好きな位置で皇真を待っていた。
何名かは長机に腰掛けてカッコつけていたり、壁へ寄りかかってクールキャラぶっている子がいるのを、引き攣りそうな頬を堪えて皇真は部屋に入った。
「ようこそ ケイサツへ」
(あ、これ漫画で見た事あるわ)
何故か妖艶な笑みを浮かべる軸屋に、様々な視線を送る子供達。漫画だったらこの中にいる重要人物の顔がカットインしている場面だろうなぁと、光ない目で皇真は眺める。
「整列」
先日同様、皇真を除いた全員が軸屋の前に並ぶ。但し人数は倍以上。ざっと数えて20人はいる。圧巻な光景だ。
「敬礼」
皇真は思う「え、これ俺もやんなきゃダメか」そして悲しくも予感は的中する。
背中を後ろ手で押された皇真が振り返ると、手を額ら辺でくいくいさせジェスチャーする軸屋に小声で自己紹介をお願いされてしまった。
ブルブル震える指を伸ばしぎこちない動きで頭に持って行く。
「ほん、じつよりケイサツ所属になりました五宝皇真です。能力は『幻影』スマホの写真フォルダにある物を五感に訴えて実現してる錯覚を起こせます」
ケイサツに合わせそれっぽい話し方をしたのだ。充分だろう。最後の締めに皇真は息を吸い込む。
「夜露死苦」
パチパチと拍手が響き皇真はケイサツに迎え入れられた。
「よし堅苦しいのはここまで。全員グラスを持て」
「期待の新人君もオレンジジュースでいいっスか」
「ああ。秒で名前忘れる鳥頭サンキュ」
「ひどっ!!」
宮下と皇真のやり取りに笑いが起きる。
全員にオレンジ色のグラスが行き渡ったのを確認した軸屋がグラスを掲げる。彼のグラスだけ赤紫色なのは大人の事情と片付ける。
「乾杯」
皆の重なる乾杯の声、グラスがぶつかる音。五宝皇真の歓迎会は夕方近くまで続いた。