20話「組織図」
「超能力者は今3つの組織に分かれて活動をしてる」
軸屋が話すのに合わせ彼の背後でホワイトボードにきゅきゅっと宮下がマジックペンを走らす音が重なる。
「1つ目はここ『ケイサツ』その名の通り超能力で悪事を働く輩をしょっぴいたり、五宝君のような新人を保護したり。平和に貢献してる」
ボードの中央上に「ケイサツ」と書かれた下に、宮下が小さな字で「治安維持」と組織の目的を要約した言葉を付け足す。
「2つ目、これは一昨日みたいな連中が集まってる組織だ。他組織を攻撃して超能力者同士での権力を得ようとしている『ボウソウゾク』私利私欲に超能力を使ってる。カツアゲやら新人を脅して人権支配までしてる奴らさ」
皇真から見てボード内の左側に「ボウソウゾク」と「悪事」が加わる。
「最後、3つ目は最も巨大な組織『ガッコウ』超能力者になったが明確な目的のない人達が集まってる組織だ。特にこれと言った活動はしてない。身を寄せ合って超能力の抗争に巻き込まれないようにしてるって、まぁ正直中途半端な感じだな」
右側に「ガッコウ」と「中立・自己防衛」が書かれて、ボードにはケイサツを頂点に三角形が出来た。
「ここまでで質問ある⁇ なんでもいいよ」
「ネーミングセンス、いやワカリヤスクテ、イイデス、ね」
暗にダサいと言う皇真の隠しきれていない直球な感想に宮下がまた笑い声をあげた。これは軸屋も自覚しているらしく苦笑をして応えた。
「言っとくが名前は俺らがつけたんじゃない。自然とそうなりざるおえなかったんだ」
「ってーと⁇」
「外とかであからさまな組織名言いずらいじゃないっスか。だから隠語みたく一般人に聞かれても平気なように、こんなワカリヤスイ名前になったって感じ。誰が言い出したのかは僕もわかんないっスけど、いつの間にかね」
「ああそういう事」
厨二全開の名前よりダサい方がマシだと、皇真はワカリヤスイネーミングセンスを持った誰かに心の中でグッジョブと親指を立てた。
今後ケイサツに潜入するにあたり厨二言語を言わなくてはならないハメになるのは口が痒くて仕方がない。その負担が減ったのだ。
ほっとして皇真はお茶を啜り、
「息吹君なんかは正式名を付けるべきだって会議で「鎮静化」とか「激怒の咆哮」にしようって進言してたっスねー」
吹き出した。
「ゴホッオェ、んんっ。すみません」
軸屋がくれたハンカチで口と顎を拭い近くにあった布巾で飛び散った雫も拭き、恐る恐る尋ねる。
「因みに、正式名は」
「「ない」」
2人のキッパリとした返答に安心した皇真は大きく息を吐き背もたれにのけぞった。
「流石にな」
「僕も学生とはいえ20歳超えた大人だし、ね」
よかったこの2人は正常だと、照れ臭そうに顔を見合わせる軸屋と宮下に幸せを噛み締め体制を戻し、
「せめて四字熟語とかならいいんだが。例えば「竜跳虎臥」なんてどうよ」
「僕としては「天魔覆滅」でもイケんじゃないかなーって思うっス」
再び天を仰いだ。
「けど息吹の希望を考慮すると漢字だけだと微妙か。長ったらしいのは言いにくいし……「絆」どうよ」
「イタリア語っスね。ギリシア語で「デスモス」のが発音よくないっスか」
「ギリシア、神話に基づくのもアリか」
(帰りたい)
切実に帰って不良漫画を読み漁りたい。しかし龍やら狼、果てには神を飛び交い合わせ盛り上がる厨二を止めなくては厨二の一途を辿るだろう。皇真は、今しかない。自分の立場だからこそ止めれるとなけなしの気力を絞って2人に向き合った。
「名前が2つも3つもあるとややこしいです。俺みたいな新人だと尚更に頭こんがらがってヤバいです。今のまんま。シンプル1番!! マジでわかりやすいのが新人でも理解しやすくいいと思います」
目に力を込め語る皇真の力説に2人の会話が途切れる。言われた事を鑑みて改めて考え出す軸屋と宮下を肩唾飲み見守る。
「確かに五宝君の言うように名前が複数あるのは紛らわしいね」
「シンプル過ぎてちょっ〜と物足りない名前っスけど、わかりやすいのが1番ってのは賛成っス」
よっしゃあ!! 心の中で両拳を突き上げ皇真は自分を褒め称えた。
「余談はここまでにして次の説明に移ろうか」
「はい、はい!!」
「『期待の新人』君そんな意気込んでどうしたんっスか」
「なんでもねぇ。それよかその呼び方止めろ」
「えーでもなぁ僕、人の名前と顔覚えんの苦手なんっスよね」
皇真の目尻がピクリと動く。
「ケイサツ内でも、もう君の名前それで通ってるしなんかねー」
「……五宝って10回唱えろや」
「呪文⁇」
「大体その呼び名はなんなんだ。俺がここに所属すんのは決まってねぇだろ」
ケイサツに潜入するのは目的故に願ったり叶ったりだが、こうもトントン拍子に迎え入れる体制を取られれば疑わしく思えてしまう。
軸屋も何か企んでいるのでは。
皇真の思考は発言を控えて大人しくするか、探りを入れて攻めるかで巡行する。
「え、そうなんスか。署長直々のスカウトって話っスよね」
「宮下スカウトじゃない保護だ」
「ありゃどっかで話が間違ってたみたいっスね」
眉間を揉む軸屋とヘラヘラした笑みで応えている宮下。じっと皇真は見つめる。そのままお茶につけた口を閉じて2人の会話を聞き流した。
「五宝君と会ったのは偶然。その彼が超能力者なりたてと知れば保護するのは道理だ」
「あ〜この時期は現在進行形でアレ酷いっスもんね」
「アレ⁇」
皇真の疑問の声に軸屋が背後のホワイトボードの左側を軽くノックして、悩ましげに眉間に皺を寄せる。
「ボウソウゾクの新人狩りさ」
「目立つ新入生は校舎裏にでも呼び出されるんですか」
「期待のしん、じゃなくて五宝君は特に目立つっスもんね。断ったらリンチ決定だろうね」
「断る⁇」
持っていたペンで宮下が新たにボードへ言葉を足す。三角形の中心に新人が加わるのを見て皇真は事態を察した。新人狩りとは勧誘と潰す、二重の意味だと。
最も暴力有りでの勧誘は脅しに近い。ボウソウゾクなんて名前だから不良の巣窟を想像していた皇真は、古典的なザコのやる事に残念とため息をつく。
それをどう捉えたのか軸屋と宮下はうんうんと頷き、特に軸屋が妙に親しげに語りかけてきた。
「何らかしら奴らなりの理由はあるかもしれん。だが、本当にくだらない。どうしようもない連中だ。そんなのに捕まらないよう俺らは君を助けたいんだ」
(きたっ)
にやけそうになる口元をお茶に口をつけ隠す。高鳴る鼓動を液体を通す喉を鳴らして誤魔化す。
軸屋の真意はこれから探っていく。森口華恵を助ける2歩目を踏んだのを確信した。
「五宝君。君さえ良ければケイサツに入らないか」
飲んでいたお茶を置いて、皇真は応える。
「少し考えさせて下さい」
保留の返事に軸屋は意外だとばかりに僅かに目を見開く。
申し訳ないと皇真が湯呑みをぎゅっと握り頭を下げる。
「ケイサツに入ったらボウソウゾクと戦わないといけなくなるんですよね」
「ケイサツの役目上、君の言う通り戦いは避けれない。でも一昨日みたいに同級生が危ない目に合ってたら仲間を呼べる。君と同じく何も知らず超能力者になった人も助けれる」
言外に皇真1人で背負う必要はない、逆に味方がつくとメリットを告げる。それでも皇真は俯き、ポツリ呟いた。
「怖いんです」
「自分が傷つくのが⁇」
「いいえ」
湯呑みから手を離し、真っ直ぐ、だが揺れる瞳で軸屋を見つめ言う。
「俺のせいで他人が傷つくのが怖いんです」
言葉に詰まる2人に皇真は情けない声で言う。
「俺は仲間を守れる程、強くありません」
室内に聞こえるのは壁時計の秒針を刻む音だけになった。