1話「漢なら拳一択」
学校という大人からして見れば小さな世界でも、子供は子供なりに様々な体験を得て経験を積む。
例えば中学生になった途端、先輩後輩の厳しい上下関係に巻き込まれたり。その理由が生まれつきの髪色で、呼び出した先輩を「喧嘩を売られた。つまり仲良くなりたいのか」と殴って。翌日、友達になれたと思っていた先輩に怯えられたなんて体験をする。
この事で見た目が普通の奴は喧嘩しても仲良くはなれないと経験を積む。
例えば甘酸っぱい恋愛の対象に選ばれたりなんて。告白はハッキリ断り。小学生時代の経験を活かして、特定の子を贔屓せず、猫撫で声で話しかける女子は信用せず。
結果、学校で孤立した存在になる。記念写真を撮る相手も、別れを惜しむ者も出来ぬまま。寂しい卒業式に母親を悲しませた経験が、友達は必要なのだと知る。
悲惨な中学時代を送った五宝皇真は尚、堂々たる振る舞いを変えはしなかった。己を貫く行為がどれだけ孤独を生もうと。
実践的な物以外の。特にファンタジーゲームや漫画の話は聞くだけでも嫌悪するし。高学年と言うだけで偉そうに廊下を闊歩する輩、芸能人等の流行りを自分が有名人な訳でもない癖にふんぞり返って喋るクラスメイトの輪に入りたくなかった。
虚勢の強さと権力のなんとくだらない事か。拳なくして真の友情は成り立たない。口先だけでは愛する人を守れない。真の強者とは嘘偽りない心の持ち主で、過酷な状況だろうが立ち向かえる不良を指すのだ。偏見である考え方だが、それが彼の信条であり確固たるものだった。
故にスマホを見下ろす形で床に座る彼は現在、端正な顔を怒りに染め拳を震わす。
カーテン、ベッドに机・本棚。家具の殆どが黒に埋まるマンションの一室。天井照明だけが部屋に白をもたらす部屋。いや、「だけ」というのは語弊がある。
白の明かりの下。カーペットに穴のように存在するスマホもまた、黒に白を差している。
日常の一部に過ぎない。当たり前に誰しもが持つスマホこそが、彼の拳を握らせる原因だった。
単調な、それでいて人間に限りなく近い声が語りかける。
「おめでとうございます。貴方は超能力者に選ばれました」
それが紡ぐ言葉に、鼻で笑った彼は体を目一杯後ろへそらし振りかぶる。琥珀色の瞳に軽蔑と侮蔑を込め、害虫を見下ろすかの如く──
「漢なら拳一択だろぉが!!」
数時間前に買ったばかりのスマホへ、拳を振り下ろした。
***
歩道と車道を隔てる段差に阻まれ、行き場をなくした桜の花弁達が一本の縄のように繋がり真っ直ぐ続く道。
その道を転々と照らす街頭の光がアスファルト舗装の道路を浮かび上がらせていた。
住宅地であるそこは朝と夜、ほんの一時交通量が増す。電車が数分おきに人を運ぶ都心であろうと、今日も車は駆け抜け、反動で起きた風で花弁を吹き上がらせる。
花弁は暗闇と月光の空間でふわふわ右往左右漂い。やがて、長い暗闇のさらに先へ繋がるガードレールにぶつかり落ちる。
そんな景色、ではなく単に外側を向いていた少年が胡座をかいていた足をおろした。視線はそのままに、爪先に当たる感触で靴を確かめ足を突っ込む。
「帰り何時になんの」
少年の問いかけに、運転している少年の母親はルームミラー越しに一瞬だけ少年と目を合わせ答えた。
「わからない。でも朝には一旦帰るから」
苦笑いで誤魔化そうとする母親に少年の眉間にシワが寄る。
「普通、終電前には終わるもんじゃねぇの」
「お母さん車だから」
「にしたって休日にいきなり呼び出しとかなくね」
「クライアントさんが来ちゃったものは仕方ないのよ。大丈夫、代わりにどこか休みにしてもらうから」
少年の元から鋭い印象を与える三白眼がさらに険しくなった。
「いやいや。ちげぇって。そもそも夜中、しかも休日に出勤させるとかおかし……」
反論しようと口を開くも、話は終わりだとばかりに車が止まる。僅かな前後の振動に揺られ、目的地に着いたことに気づいた少年から舌打ちが漏れた。
「さぁ降りて。戸締りよろしくね」
母親が振り向き言う。マニキュアも何も塗っていない、けれど綺麗に整っている指先が腰ほど長さがある黒髪をかき分け顔を覗かせる。
その顔は多分に申し訳ないと語っていて、少年はそれ以上の言及はせずにシートベルトを外した。
「なぁ、俺も明日から高校生なんだ。バイトするし多少は」
「皇真」
ピシャリ遮る冷ややかな声が車内を打つ。そして話は終わりだと、ピピっと電子音と共にドアが開いた。
母親はこうなると一切耳を貸さないのを知っている少年こと皇真は吐息まじりに「はいはい」と荷物を持ちドアの縁に手をかけ降りた。
閉めようと手を伸ばしたところで声がかかる。
「『それ』にレインいれておいて。帰れそうになかったら連絡する。返信はしなくていいけど既読はつけて」
『それ』をさす物に、皇真の硬まっていた表情が和らぐ。スマホが収まる白い手提げ袋を軽く掲げて皇真は笑みを浮かべた。
「お袋ありがとうな」
「前のはバッテリー駄目になっちゃってたし丁度よかったんじゃない」
「うん」
いってらっしゃいと送り、車が小さくなっていくのを皇真は遠い目で見た。
「……いまさらか」
ポツリ呟き、車が見えなくなった道路に背を向けて、マンションへ足を動かした。ベージュを基調にした内装を暖色の光が包む通路を進み、エレベーターへ。
そう待たずして来たエレベーターに乗り込み5の数字を押す。
(明日おばさんにもスマホ変えたこと報告しないとな)
まず登録するのは当然母だ。その次は──
(2〜3人、いや、1人でいい高校で出来ればいいな)
手に感じる僅かな重みに皇真の顔がにやける。明日からの新生活、新しいスマホ。最初が大事だと頭の中で明日の予行演習をしつつ、エレベーターを降りた。
自室につくなり皇真は欠伸を漏らした。風呂も済まし後は寝るだけ。黒に塗装された本棚の横を通り過ぎ、机どころか文房具まで黒で統一してある学習場所を通過する。そのまま横になりたいのを堪え、シーツに毛布も黒で整えられているベッドに座った。
毛先にかけてうねる癖っ毛を伸ばすようにタオルで拭き、自前の金髪を整え水滴が垂れなくなったところで。
皇真はベッド脇に置いていた袋を引き寄せ、箱を取り出し蓋を開けた。
新設当初から他社より断然電波が強いと評判の「3DPEL」に乗り換えた。までは『ちょっとした事件』がありつつも一応順調であった。だが会社が異なるとバックアップが取れず、手動で全て設定し直さなくてはいけない。
面倒でも必要最低限しなくてはと、シンプルな黒一色のスマホを掴み上げ電源を入れる。真っ暗な画面が徐々に明るくなる。
まず表示されるだろう。使用にあたっての同意事項を真面目に目を通す気などない皇真は、同意ボタンを連打する気満々で人差し指を伸ばした。
その指は画面に届く前に止まる。
「んだコレ」
はじめまして、の文字でなく人が映っていた。髪質や顔のシワまで妙にリアルな。
驚く皇真に、画面にいる人物が腰を折りお辞儀をする。
「この度は当会社「3DPEL」のスマートフォンを購入して頂きありがとうございます。ワタシは五宝皇真様の生活をより良いものにする為のナビキャラクター。叶空と申します」
音声まで肉声と謙遜ないくらいのそれに皇真は「はて⁇ ナビキャラクターなど説明あったか」と契約時を思い返すも、そんな説明はなかった。
なによりナビキャラクターというには画面に映るそれは不釣り合いな容姿をしていた。
普通こういうのは可愛いデフォルメマスコットか美少女のイメージが強い。
だが目の前にいるのはどう見てもイメージからかけ離れていた。
薄紫に輝く艶やかなポニーテール。病弱な雰囲気漂う少々青白い肌は見ようによっては色白ともとれる。
されど女性が持つふくよかさは皆無。
目元に残る濃いクマにシワが刻まれている顔にはメガネが似合うだろう。インテリな中年男性だ。
唯一キャラクターっぽいと言える箇所を挙げるなら、現実ではまずお目にかからないストライプ柄の虹色スーツか。ネクタイならまだしも、スーツ全体が虹色なのは目をチカチカさせる。
「よろしくお願いします」
柔らかな声色の挨拶に皇真は「はぁ」と気の抜けた応えを返す。
「使用にあたりいくつか説明事項を伝えさせて頂きます」
ここで皇真は理解した。
つまるとこ説明に目を通さずスキップする自分と同じ輩への防止策なのだと。
(面倒くせーな)
何年か前にニ度ほど、幼かった皇真の記憶にさえ、ぼんやり残っている大きなサイバーテロ事件が起きた。犯人が捕まっていないのも相成り、近年サイバーテロ対策に力を入れている政府。それによって未成年はスマホ買うにも義務やらで一苦労だ。
追い討ちにこれではやってられない。顔にかかる髪をかきあげ皇真は気だるげに吐息をもらした。
「手短に頼む」
機械相手に言っても無駄であろうが言う。
「かしこまりました。では申し上げます」
「はいはい」
欠伸まじりに返事をしていた皇真の開いた口は、次の内容に止まった。
「おめでとうございます。貴方は『超能力者』に選ばれました」
コンビニで買い物したら引けるおまけくじ。
「つきましては『超能力』を授与する為、画面に手をかざして下さい」
無料引き換え券が当たった、ぐらいのノリでそれは告げた。