プロローグ
未来を見てきた少年の世界では。五宝皇真が超能力者になるのは、今日の筈だった。
幼なじみを助ける為に、彼がまた奔走するのに変化なくとも。静かに、確かに、前触れなく。未来は成長していた。
絶えずアスファルトの道路に列を成し走る車の走行音、店からもれる広報、途絶えることのない人々の声。
星に変わり人工の光が地上を輝かす風景を目下に、都会の喧騒も遠くに聞こえる屋上で、3つの人影が風に揺られ服をはためかせていた。
3人がいるビルに明かりは灯っておらず、他に人がいないからか。スマホから流れるサイレンを大音量で漏らす人影が、ギョッとする程に細長い腕をふって、屋上の端で作業をしているもう1人へ声を張り上げる。
「師匠、まぁたヤられたわ!! どうにかしてや、あの『通り魔』!!」
師匠と呼ばれた少年が指先を動かしながら叫び返す。
「はいはぁい。待って下さいねって。あっ、ちょっと南さん!! 希愛来さんに過激なものを見せないで下さいよ」
注意を受けた青年はそれに対して、胡座をかく自分の脚の間に、ちょこんと収まっている少女へ長い腕を蛇の尾のように絡ませる。
少女はスマホの画面を遮る腕を押し上げて、不満げに頬を膨らました。
「ただのニュースだよ」
「せやなぁ〜、でも師匠過保護やから気持ちを汲んでやり」
「私、もう15歳だもん」
どう見繕っても5〜6歳の少女が告げだ年齢は、嘘にしても、あまりにお粗末だった。されど少女の態度は毅然としており、少女を筋張った長身ですっぽりと包む青年も気にした様子なく、会話は続く。
「大人でもないやん。18禁はアカンよ」
「南君、ニュースは18禁なの⁇」
「師匠観点ではそうらしいわ」
膨らむまろい頬っぺたをつつき、青年こと南が再び腕で少女の目を覆う。
変わらず、けたたましい音を発しているスマホの画面には、速報の文字と一緒に『通り魔事件、被害者10人目』のテロップが流れていた。
冷たい鉄の感触が伝うドアに背中を預け、現場中継をじっと見つめる南の横に、作業を終えた少年が歩み寄る。肩にぶら下げる鞄を揺らして、ひょいと屈んだ少年は画面に顔を寄せた。
大中小と並ぶ影をスマホの明かりが照らす。
高所からの落下で即死、遺体に残るノコギリのような刃物の傷跡。
耳を澄ます3人へ。情報社会の現代にリアルタイムで広がっているであろう凄惨な大事件を、画面の向こうにいるアナウンサーがスラスラと述べる。
残忍な手口が巷を騒がす通り魔によるものと考えられると。
屋上の隅で何やらしていた少年が、軽薄な笑みを浮かべて、隣に座る南へ確認をする。
「おやおや。被害者は貴方のところの古株さんですか」
「そうなんです!! あの通り魔、ホンマ傍迷惑な自己満足を押し付けよって。オ○ニーはお一人様行為やで」
「希愛来さん、こっちいらっしゃい」
南を視線で咎める少年に従い、頭上で会話する2人に挟まれていた小柄な少女、希愛来が頷いて足の合間から抜け出す。立ち上がった拍子に、身に纏う白いワンピースがふわりと舞う。風でめくれそうな服を、すかさず、幼い体ごと少年が抱きしめて抑えた。
「そや。今月からでしょ。例の計画が始動するの」
南の発した言葉に、空気が一瞬ピリつく。軽薄な笑みを浮かべていた少年の唇が、更に弧を描いた。
「師匠。五宝皇真、でしたっけ。超能力者には今月なるんですよね」
「ええ、早ければ今日か明日。高校入学時になられたとお聞きしてます」
「本人から⁇」
腰を浮かして伸びをしつつ、意地の悪い表情を少年に向けて、南が問う。含みをもつ言い方に、少年も同じ顔をして口を開く。
「本人から、です」
本人から聞いた。少年にとっては過去の話。確定していた出来事が既に消えているのを、少年は知らない。
目を細め見る先に、今よりずっと遠くの未来を映して。知る未来が既にズレ始めているとはつゆほども思わず、疑いもせず。薄ら笑いを顔に張り付かせる少年は、屋上のドアノブを捻った。
スマホのライトを頼りに下りる3人の些細な足音が、無人の建物内に鳴り渡る。
「そう言えば。なぁ師匠、肝心の五宝皇真君ってどういう子なん⁇」
軽い調子の声が壁に反響して落ちていく。
南の質問に応えたのは少年でなく、少年と手を繋ぎ下りている希愛来であった。彼女はよくぞ聞いてくれたとばかりに、勢いよく首を後ろに回す。
「オウくんはね『不良』が好きで『厨二』が大っ嫌いなんだ」
怪訝な顔をする南の眉間は、理解してもらおうと必死に希愛来が説明する程に深くなる。見かねた少年が南へ助け舟を出した。
「なんでも彼の認識は、自分の力で意思を貫くのは『不良』で、都合の良い力で意思を通そうとするのが『厨二』らしいですよ」
「なんやそれ」
納得のいかない南に少年は肩をすくめる。詳しく話す気はないようだ。
つまらなそうに唇を尖らせる南が、「それなら」と閃いた話題を投げた。
「超能力者になっても能力を使わん奴ちゅー事やろ。大丈夫なんですそれ」
段差は下り終えて、3人は地上へ繋がる裏口の細い通路に入っていた。非常口まで後、数メートル。それまで淀みなく歩いていた少年が南の言葉に足を止めて、上半身のみねじり後ろを向く。
「……それなんですよね」
思いつきで口にした疑問は、南が思うよりも食いつかれた。
「戦闘時に能力無しでは彼の身の安全が危うい」
現状の超能力界は、雷や炎・氷。果てにはサイコキネシスなる物体を浮遊させて自在に操る、まさに超能力と言える力など。とりわけ戦闘向きの能力が多い世界だと2人は知っているだけに、心配に表情がくずれる。
「ん〜、そうやなぁ」
苦笑する少年と顎に手を添える南。会話が途切れた沈黙が支配する場を、ドアの開く音が破る。吹き抜けた風に視線をやれば、退屈そうにしている希愛来が露骨に「その、難しい話はまだ終わらないの」と表情で語っていた。
2人はゆっくり息を吐いて、止めていた足を動かした。
外に出るとより一層感じる風に、鬱陶しげに南は顔に張り付いた髪を退ける。
「ここビル風が酷いわ。春といえど、まだ夜は冷えますな」
建物の横につけていた大型のバイク、その座席を開き南がヘルメットを取り出して渡す。
渡された少年は、ヘルメットを希愛来に取りつけつつ、五宝皇真について話を戻した。
「全く使われないのも困るんですよね」
どうしたものかとの呟きに、エンジンをかける南が希愛来なら何か良い案があるのではと尋ねる。だが、希愛来は子首を傾げ、頬に手を当てて唸り、不安を潜める目で少年を見た。
そして、2人にとって衝撃な内容を告げる。
「あのね。前から思ってたんだけど。超能力者に選ばれました、なんて言われたら。オウくんは──」
エンジンのかかった音が言葉に重なる。隣にて、唯一希愛来の発言を聞く事が出来た2人は顔を見合わせた。そんなバカなと。
少年と南が、希愛来の予想が見事に当たっていたと知るのは数日後になる。
以前のプロローグ、問0は削除しました。詳しくは活動報告にて。