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誘惑の国のアリス  作者: 乙女ちっく工房
8/20

芋虫親分はナンパがお好き

ヤバイ人に当たったかもと固まる私と無表情で煙管をふかしている芋虫親分が、地面の上ときのこの上で見つめ合っている。


「で、お前さんは何者だ」


声と話し方が、いかにもだった。


「それが、私には答えられないんです」


アリスという名前は、まだ確定じゃないから答えられない。


「何を言ってるのかわからんな。俺は、お前さんを知りたいだけだ」


「あら、私を知ってどうするの?」


「そりゃあ、功徳」


どうやら、見た目に反して、中身はチャラいらしい。


「親分さんこそ、なんのために、そこにいるのかしら」


「もちろん、眺めがいいからだ」


答えてくれた親分さんの視線は、完全に私の渓谷にそそがれていた。


「それは、お生憎様。この姿は本当の私じゃないので。この谷間だって、元に戻れば浅瀬になっちゃうんだから」


「いいや、変わらんさ。二つあることにはな」


「でも、親分さんは芋虫だから、蛹になったり、超長になったりするわけでしょう。だったら、好みのタイプだって変わるはずよ」


「そいつはどうかな。で、お前さんは誰なんだい」


回り回って、最初の質問に戻ってしまった。


「親分さんね。口説きたかったら、まずは自分から名乗るのが礼儀ってものじゃないかしら」


「なぜ?」


「なぜって……」


あまりに堂々と言い返されたら、常識を口にしているはずのこっちが間違っている気分になる。

それとも、私が口にしているのは不味いことなのだろうか。

混乱してきて後ずさると、待ちなさいと引き止められた。


「お前さんにとって、大事なことを教えてやろう」


「それなら、ぜひとも聞いてみたいですけど」


難破してても、見た目はいぶし銀な親分さんだから、もしかしたら深イイ話をしてくれるかもと期待してみる。


「いいか。単騎は損気だ」


「……それだけ?」


「いいや。もっと色々、大事なことはある」


風格たっぷりなので、おとなしく次の言葉を待ってみたけど、なかなか続きが出てこなかった。

もしかして、谷間を楽しむために引き止めたかっただけではと疑い始めた頃になって、芋虫親分が口を開いた。


「つまるところ、お前さんは、自分が変わってしまったと思っているのだろう」


「そうね。その通りかも。色んなことが、よく思い出せないし」


「具体的には何が思い出せないんだ」


「えっと、たとえば『寿限無』とか?」


「聞いてみないことには判断できんな」


おっしゃる通りなので、暗記しているはずの寿限無さんを披露することにした。



需限無 濡限無 牛蒡のささがき くりーむしちゅーの  酸い行末 運来末 封来末 吸う煮る処に摘む処 やぶら工事のぷら好事 わりと バイト ハードな修理ン銃 修理ン銃のNEW輪隊 NEW輪隊のぼんポコピーのぼんポコナーの長級命のちょろ助



「確かに、正しくないな」


「やっぱり」


誰が聞いたって、間違ってるものは間違っている。

何もかもに自信をなくしそうだ。

まあ、元々、大層なものは持ってなかった気がしないでもないけど。


「で、どのくらいなら満足するんだ」


なんの話かと思って見上げれば、親分はジェスチャーで胸を膨らませた。


「大きさは問題じゃないんです。ただ、こう、ころころと変わるのが気持ち悪いだけで」


「たいていの場合、大きい分には構わんのだけどな」


「……」


男という生き物は無邪気にしろ、薫製にしろ、大きいことが正義らしい。


「で、お前さんはどうしたいんだ」


「せめて、もう少しバランスがよくなりたいかも」


「実にもったいない」


ぼやいた芋虫親分は、ぽんっと煙管の灰を放り捨てると、きのこから下りてしまった。


「片側なら大きくなれるし、もう片方なら小さくなれるさ」


「え?」


「きのこのことだよ」


すれ違いざま、粋に答えてくれると、あとはもう、草むらの向こうへ歩いて行ってしまった。


「あの親分さん、チャラいのか渋いのかわからなかったわね。それに、中途半端に親切だわ。丸いきのこの片側と片方って、どっちなの」


組んだ腕にのしかかる乳脂肪の重みを体感しながら考えた末、目の前を真ん中にして、精一杯腕をのばした右と左をむんずと契り取る。


「あとは、どっちがどっちってことよね」


まずは右をかじってみる。


「あいたっ!」


あごに直撃がきた。

ぶつかってきたのは自分の胸。

体が急に縮まったせいだ。


「はむっ」


慌てて左のきのこにかじりついた。

ミジンコになるのは回避できたものの、これだって望む大きさじゃなかったから、両方を慎重に噛み噛みして調整していく。


「はー、やっと戻れた」


肩や首をほぐして、やっとすっきりした。

本来の大きさは覚えてないけど、ワンピースがめりめりいってないから、いいことにしよう。


「これで目的の半分達成ね。残りは、あの庭に出る番だけど……」


うんうん考えながら歩いていたら、開けた原っぱに、ぽつんと一軒家を見つけた。


「わあ、可愛い家。でも、この大きさでお邪魔するわけにはいかないわね」


なにせ、お家はシルバニアファミリーサイズ。


「ふふふ。そんなこともあろうかと」


じゃじゃーんと取り出したのは、きのこのかけらだ。

おひげの配管工おじさまな気分できのこを食べたら、さくっと適度な大きさに変わって赤い屋根のお家に駆け寄った。

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