うさぎは彼女をアリスと呼ぶ 弐
「何を企まれているんだろう」
静かに耳をそばだてていると、なんだか足がこそばゆくなってきた。
「うう、掻きたい」
ぎりぎりで折り畳んで収納している体なので、姿勢を変える余裕はない。
どうにか壁に擦りつけてやり過ごそうと頑張っていたら、痒いところが移動して嫌になる。
どの辺が痒いのかもわからなくて、苛々しながら目玉を動かしてみたら、最低なことが起きていた。
「ひええー」
むずむずする足に、そばかすが浮いた緑の男がへばりついて悲鳴を上げていた。
「トカゲ!?」
悲鳴を上げたいのは、こちらの方だ。
虫関係は大の苦手なのに。
向こうは、あまりの体格差に全体像が見えてないらしく、ビクビクしながらもトカゲの手足でよつん這って私の体をよじ登ってくる。
ぺたぺたした音と感触が虫の好かない気持ち悪さで、心も体もすっかり固まってしまった。
トカゲ男はスカートがめくれあがった太もも橋を渡り、腰骨を通ってお腹の平原まで前進して、ついには小高い双丘にぺたつく手を伸ばそうとしてくる。
ここまで来ると、体が防衛本能で自然に動いた。
「ふうーーーーっ!!」
遠ざけたい一心で、とっさに全力の息を吹きかける。
トカゲ男は片手を上げたところだったので、緑の体は面白いくらいに飛んでいった。
そして、足先に着地してくれたので、勢いでびゅんと蹴飛ばしてしまった。その足は暖炉に突っ込んでいる方だから、そのまま、外へとお帰りいただくことになる。
「ひょえぇー」
悲鳴と落下音の共演直後に、野次馬の「生きてるぞー」との生存確認が聞こえてきたので、正当防衛として罪悪感はないものとする。
「もう、こりごり」
宇佐見君達、お次はどんな手でくるつもりだろう。
気持ち悪さに腹が立って、喧嘩上等とばかりに意気込んでいたら、窓から何かがパラパラと雨あられに降ってきた。
この大きさでも微妙に痛い。
見下ろしてみたら、外から、えいやと小石を投げつけてられていた。
「ひどい。次やったら、絶対に許さないんだから!」
体の大きさも忘れてぷんすか怒鳴ると、辺りはしんと静まり返った。
「何よ」
怯えられると、これはこれで巨体に堪えた。
しょんぼりと俯いたら、床に落ちた小石が、みんな小さなカップケーキに変わっていたので拾ってみる。
「これ以上がないのなら、これ以下しかないわよね」
それでも、さすがに心配だったから、口にするのはひとつだけにしておいた。
「あ、やったかも」
微妙に窮屈さが減った気がした。
何個か食べて、ちょっとずつ大きさを調整して、玄関から出られるくらいになったところで、一目散に宇佐見邸を飛び出した。
外に出ると、宇佐見邸の周りを野次馬が大勢囲んで見上げているから目が回ってきた。
「逃げるが価値ね」
振り返ることなく遠ざかると、これからの計画的について考える必要がありそうだった。
「大事なのは、元の大きさに戻ること。あとは、そうね、できれば、あのお庭に行けるといいのだけど」
とにかく、何か食べる物・飲める物を探して歩くしかなさそうだ。
「私って、かなりの食いしん坊みたい」
オーバーオールを着るかマッシュルームカットにでもするべきかしらと悩みながら森を進んでいると、そこここにカラフルなきのこがポコポコ栄えていた。
「いかにも、毒って感じね」
だけども、へんてこな世界では怪しいものほど妖しくないのかもしれない。
「まずは、よくよく観察しないと」
近くの大きいきのこを選ぶと、下から順番に眺めることにした。
地面からにょっきり伸びた、ゆるやかカーブのふさふさした軸に沿って昇っていき、びらびらした傘の裏側までじっくりと見回して、丸みを帯びた表面までたどり着くと、最後にてっぺんにいる大きな芋虫と目が合った。
羽織を肩に引っかけて煙管をふかしているので、ヤのつくいぶし銀な親分って感じだ。