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誘惑の国のアリス  作者: 乙女ちっく工房
6/20

うさぎは彼女をアリスと呼ぶ 壱

「あっ!」


声が出たのは、走ってきたのが他の誰でもない、うさ耳の宇佐見君だったから。

しかも、辺りを見回すのに忙しいらしく、またもや私に気づいていない。

今度は驚かせないように様子見していると、一人でぶつぶつ言ってるのが聞こえてきた。


「まいったな、どこで落としたんだ?」


直感で、さっきの扇子と手袋のことだってピンときたけど、どこに置いてきたかは見当もつかなかった。

なにせ、涙の池を泳いでいる間に、室内の景色が青い空と緑の芝生に変わってしまったのだから。


「あれ、アリス。そんなところにいたのか。悪いけど、すぐに家に寄って、手袋と扇子を持ってきてくれないか」


最初、宇佐見君が誰に話しかけているのか不明だった。

まるで、何年も付き合っている彼女みたいに気安く呼びかけてくれるから。


「おい、アリス。聞いてるのか」


目の前に迫られて、ようやく自分のことかもと思いつく。


「えっと、アリスって私のこと?」


「他に誰がいる。それより、急いでいるんだ。頼んだからな」


「ええ。いきなり、そんなこと言われても……」


困るんだけど、と言いきる前に、長い耳を揺らす宇佐見君は遠ざかっていた。


あの耳は、ただのコスプレ小道具なのだろうか。

せっかく長いのに、私の声は少しも届いてなさそうだ。


「誰かと間違えたのかも。私、アリスじゃないし」


否定してから、自分がアリスじゃないのなら、誰なのだろうと思い至る。


「私って誰?」


こんな馬鹿みたいなことで悩んでしまうのは、穴に落ちてから大きさがしょっちゅう変わっているせいに違いない。


「落ち着け、私。まずは、確かなことから確かめないと。私はダイナって名前の猫を飼っていて、甘い物が好き。でもって、しょっぱい物も大好き。一番好きなのは、交互に延々と食べることよね」


指折り数えても下らないことしか思い出せないから、上らないことを思い出そうとしてみたら、宇佐見君が好きだったって浮かんできた。


「あれ? だったら、私が宇佐見君の彼女な可能性もあるってこと??」


そういうことなら、アリスの可能性だって高確率だ。


「うーん、はっきりさせるにはセンスが必要ってことよね」


閃いたからには、頼まれた手袋と扇子を張り切って取りに行くだけだった。


とりあえず道なりに進むと、一見、こじんまりとした一軒の家に行き当たった。

ピカピカの表札がつけられていて、宇佐見とあるから間違える必要がないのが助かる。


「入りまーす」


小声で挨拶して、誰にも気づかれないようにそっと進入する。

まだ、私が本当にアリスなのか確証がないので、堂々と入る気にならかったから。


もしも、私がちゃんとアリスで、本当に宇佐見君の彼女だったら問題はないはず。

違った場合は考えないことにする。


「ええっと」


なんとなくで二階に上がって、なんとなくで開けた部屋は、きれいに整理整頓されていた。

おかげで、探さなくても目のつく窓辺のテーブルに扇がひとつと、二・三組 の白い手袋が見つかった。


「ミッション、クリアね」


必要なだけ手に取って、そそくさと部屋を出ようして、鏡のそばに置いてある小さな瓶が目に飛び込んできた。


「私を飲んで、とは書いてないのね」


それでも、これまでの経験から何かは変わるはず。

丁度、ねずみ君や小鳥少年達と同じサイズじゃ、小さすぎると感じていたところだったので手に取ってみた。


「お駄賃くらい、もらっても罰は当たらないわよね」


と勝手な解釈で瓶を握りしめて、蓋の輪っかに指を引っかける。


「女は度胸よ。ファイトー、いっぱーつ!」


しゅぽっと栓を抜くと、腰に手を当てて、一気にごくごく飲み干した。


「お、おお?」


すぐに変化が現れた。

見る間に足が遠ざかっていく。

問題は、希望していたよりもだいぶ、かなり激しく急加速だってこと。


まだ瓶の半分も残っているのに頭が天井につっかえて、しゃがまないと首が折れてお陀仏しそうだ。

慌てて瓶を離してみたけど、とっくに遅かった。


飲むのをやめても巨大化は止まらなくて、膝をついて、横になって、それでも進化が止まらないから、思いきって片方の腕を窓から出して、片方の足を煙突の方に突っ込んで耐えるしかなかった。


「これから、どうしたらいいわけ?」


部屋の空間の限界と体の大きくなる限界がきたのは同じ頃。

助かったことは助かったけど、これじゃあ、身じろぎするのも難しい。


「アリス、アリスはいるか。いつまでかかってるんだ。急いでるって言っただろう」


突然の宇佐見君の声に、リアクションも取れずに仰天した。

パタパタと、こちらに駆け上がってくる足音まで聞こえてくる。


「やだ、どうしよう」


いまや高身長の宇佐見君より、ずうっと大きくなってしまった。


「んん? なんで、ドアが開かないんだ」


肘の辺りに、みしみしと振動が伝わってくる。

部屋には、私がパンパンにつまっているのだから開かないのも当然だ。


「仕方がない。窓に回ってみるか」


次の行動が聞こえてきて、ぞっとする。

宇佐見君が窓から巨人な私の妙ちきりんな格好を目撃するところを想像したら、乙女としてとんでもなかった。


「絶対に阻止しないと」


これでも、なけなしの乙女成分を大切に扱ってきたつもりので、圧倒的な巨人感を利用してでも守り抜く所存だ。


耳をすましていると、えっちらおっちら梯子を運ぶかけ声に続いて、窓際に立てかけた音がした。

宇佐見君が登りきったら大変だ。


「えい!」


驚かすつもりで、手のひらをおもいっきり伸ばして開いたら、悲鳴と一緒に何者かが落ちる音がした。


「まさか、やっちゃった!?」


青ざめて最悪を想像していると、心配するざわめきの中に宇佐見君の呻きが交ざっていたので安心する。


「旦那様、大丈夫ですか」


「なんとかな。それより、ビル。あれはなんだ」


「え? ええっと、おいらには腕に見えるんですけど」


「あんな腕があってたまるか。お前が中に入って確かめてこい」


「ええー、そんな殺生な。だいたい、窓から入れないのに、どこから入れってんですか」


「それに関しては、俺に考えがある」


だけど、肝心なところが、ごにょごにょしていて、象くらいの耳でも聞き取れなかった。

その後は、何人もの聞き取れない会話とがたごと響く物音が聞こえてくるだけだった。

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