まんじゅう怖い
ねずみ少年の案内で土手に這い上がると、濡れねずみな私達以外にも、うっかりな被害者一同が集まっていた。
私が親戚のお姉さんだったら、アイドル事務所に履歴書を送りたくなる鳩や雀やひよこの少年達が気持ち悪そうに水気を絞っている。
自分はどうだろうかと見下ろしてみると、ふんわりスカートがまとわりつくだけの布と化していて、せっかくウエストが目立たないデザインも体に張りついてるせいで着やせ効果がだいなしだ。
「まず、もっとも重要な課題は、どうやって乾かすかだな」
ねずみ少年が難しい顔でぷるぷるとお尻を振っている背後で、一人の少年が名乗りを挙げた。
「ここにいる中で僕が一番先輩だから、僕が決めてあげよう」
えっへん、と進み出たのは、どこからどう見てもひよこのひよっこだ。
一応、見ためで判断できない不思議な世界なので黙っていたけれど、結局、ひよこの仕切りは圧倒的多数によって却下されていたので、ひよこ違いではなかったらしい。
でもって、私を案内してくれたねずみ少年が立ち上がり、ごほんと注目を集めた。
「みんなを乾かすためには、観想しないといけないと思う。一番いいのは換装だけど、みんな一張羅だろう? 中には生え変わる奴もいるけど、まだまだ先の話だからお呼びじゃない」
「だったら、僕がぴったりの呪文を知ってるよ。とっておきの、からっからのやつ」
手を上げた雀少年が前に出ると、えへんと鳥胸を張って披露してくれる。
「カップ麺、本格キムチ、温泉サウナに大人のカレーライス。あとは、真夏日、柿ピー、ボテトチップス……」
んん、これってもしや?
「だめ、だめ。それじゃあ、のどが渇くだけのしょっぱい話じゃないか。口の中が、からっからになっても、体が乾かないんだったら意味がない」
やっぱり。
ついでに、会議が飽きてきたのか、小鳥達は、それぞれ勝手におしゃべりを始めた。
「乾燥注意報なら、やっぱり火に気をつけなくっちゃ」
「でも、俺ら、誰も非なんか持ってないだろ」
「じゃあ、おもいっきり熱くなればいいんじゃないの」
「熱くって、どうやって?」
「そりゃあ、燃え上がるんだよ」
「誰が燃やすんだ?」
「うーん……こう、わくわくする話かな」
「はいはーい。僕、エッチな話にわくわくするよ」
「おおー、確かに。エッチな話は、わくわくするな」
「熱くもなるしな」
「よーし。じゃあ、みんなで――」
「ちょおっと待ったー!!」
黙って聞いていたけど、さすがに、ここは唯一のお姉さんとして強制介入させてもらおう。
「どうしたの」
きょとんと愛らしい、つぶらな瞳の小鳥少年達に見つめられると、これは、ますます止めなきゃあかんと決意を強くする。
「そもそもだけど、話を聞くだけじゃ、乾かないと、お姉さんは思うな」
「だったら、どうすればいいのか教えてよ」
「それは……そう! おしくらまんじゅう、なんていいんじゃないかな」
とっさの思いつきだったけど、なかなか少年達に相応しい、穢れなき遊びじゃないですか。
とか自画自賛していたら、少年達は顔を見合わせた。
「ねえ、ねえ、お姉さん。おしくらまんじゅうって、何?」
「え、知らないの!?」
これがジェネレートギャップというものかと、軽いショックを受けている間に、小鳥少年達は名前から自由に遊び方を想像しだした。
「まんじゅうなんだから、まあるくて、ふっくらしているんだよ」
「じゃあ、おしくらは?」
「推しのクラちゃん?」
「クラちゃんなんて知らないよ」
「じゃあ、圧すのは、まんじゅうでいいんじゃない?」
「でも、まんじゅうなんて、ここにはないぞ」
「あるよ。ほら、そこに二つも」
雀少年がおもむろに指さしたのは私だった。
正確には、小さくなっても大きくなったままの私のおっぱい。
「じゃあ、あれをみんなで捺せばいいんだね」
「みんなでぎゅうきゅうすれば、みんなで温かくなるぞ」
「はいい??」
思わず顔が引きつった。
君たち全員、ちびっこだけど雄じゃないか。
微妙なお年頃の少年達が、手をおしくらな形に構えて、わくわくと私を見てくる。
どうしてこうなった。
「それ、突撃ー」
「だから、違うんだってば!!」
スイッチの入った少年達を前にしては、一目散に逃げるしかない。
体力に自信はないけど、ここは深長差に賭けて、全力で逃げ切るしか乙女でいる道はない。
「なんで逃げるのぉー」
後ろから叫ばれてるけど、なんでも何もない。
いかに、きらっきらした目を輝かせて純真に求められても、全員に揉まれたら被害者の私が社会的に抹殺されてしまう。
「はぁ、はぁ、もう無理ぃ」
足がもつれて、うつぶせに倒れると、地面にしがみついて襲撃を待ち構えた。
だけど、しばらくたっても、紅葉のお手てが群がってくる気配はなかった。
顔を上げれば、走っているうちに小鳥少年達の羽毛がすっかり乾いたらしく、まんじゅうなんてどうでもよくなっていた。
「お姉さん、おしくらまんじゅうってすごいね。すぐに渇いたよ」
にこにこ手を振って感心してくれる姿は愛らしいけど、君達がしていたのは、ただの追いかけっこだからね。
これは断じて、おしくらまんじゅうではありません。
「みんな、集合。完走した後は感想の出番だ」
かけ声の先で、仕切り屋のねずみ少年が呼んでいた。
「まだ、何かするの」
「僕の話を聞いてくれる約束だったでしょ」
「ああ、そうでした」
思い出したからには、少年達の輪に戻って付き合うしかない。
「まずは、イについて話そう。世間じゃ、忠義の厚い利口者だって言われちゃいるけど、騙されちゃいけません。アの前には出ませんって顔をして、色は匂へば一番だ。やれ留守番させるな、散歩に連れてけと尻尾を振り振り訴えて、いざ構ってもらえたら、気持ちよく盛り上がって漏らしちゃう恥ずかしい連中だ。だから――って、お姉さん。聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる!」
とっさに返事をしたけど、復唱できるかと言われたら絶対無理だった。
根っからの猫派だし、さっきの逃走劇で体力が限界にきている。
「えっと、確か、他の話もしてくれるって言ってたような……」
「そうだ。ネの生態についても話さないと」
目が半分以上閉じた状態で誤魔化したら、ねずみ君は引き続き、張り切って力説してくれた。
「ネの奴は、言わずと知れた気まぐれだ。根で寝てるかと思えば、子になりきって音を上げるくせに、値下げは絶対にしないんだ。猫耳だの肉球だのと持ち上げられて、いい気になってグッズで荒稼ぎ。でも、ねずみにとったら、単なる後出しジャンケンだけど。昔っから、世界の人気者はねずみに決まってる。広いテーマパークに幅広いグッズ展開。ねずみーランドとかねずみの国の住人ですら通じちゃうワールドワイドな有名人。その名も★*☆♪」
気持ちよく空を飛んでいたのに、大地震が起きて地上に戻された。
と、思ったら、うっかり寝ちゃっただけだったらしくて、ぐわんぐわん揺すぶられて起こされたっぽい。
おまけに、決め台詞を聞いてあげなかったせいで、ねずみ少年は、かんかんに尻尾を立てて帰ってしまったそうだ。
「お姉さんのせいだよ」
「ううっ、ごめんなさい」
小鳥少年達から一斉に責められると、さすがに気まずくて目が覚めた。
「はあ。ここにダイナがいたら、すぐに連れ戻してくれたのに」
「お姉さん、ダイナって?」
知らずに声に出ていたらしい。
「うちで飼ってるニャンコだよ。ねずみ捕りの名人で、小鳥だってダイビングキャッチしちゃうんだから」
寝起きで、調子に乗って答えた瞬間に後悔した。
仲よく囲んでいた小鳥少年達がいっぺんに青ざめて逃げ出してくれたから。
「ちょっと、みんな待ってよ」
引き止めたって、誰も戻ってきてくれるわけもなく、ぽつんと取り残されてしまった。
「ニャンコなんて言わなきゃよかった。ううん、それよりも、この大冒険にダイナがいてくれたらよかったのに」
一人はさみしい。
こんな当たり前のことが堪えるのはいつ振りだろうか。
落ち込んでいたら、遠くからパタパタと軽い足音が聞こえてきたので顔を上げた。




