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誘惑の国のアリス  作者: 乙女ちっく工房
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水も滴る池ねずみ

「さあ、どんとこい」


リカちゃんよりも小さなサイズで、駄目な大人のホール食いをしてしまい、色んな意味で罪悪感を抱えながら構えていたら、やっぱり変化がやってきた。


「きた、きた、きたー……って、にゃあー!?」


期待してた通りに大きくなってるっていうのに、激しく動揺してしまう。

それくらい、あちこち、ぐんぐん急成長だった。


混乱している間に天井に手が届いて、それでも、まだ大きくなり続けてくれるから横に倒れる。


その内に成長期は止まったけど、胸だけは最後まで巨大化が進んで、服がぎゅうぎゅうの詰め放題にしても悲惨なことになっている。

押し合い圧し合いな脂肪のせいで、息をするのも辛くてきつい。


人並みに巨乳を夢みたこともあったけど、こんなにやっかいなものだとは知らなかった。

情けなくって、何が悲しいのかもわからないまま泣けてくる。


「ううぅ」


体が大きくなると感情の調整が難しくなるもので、涙がとめどなく溢れ出た。

このまま泣き続ければ、カラッカラに干からびてしまうんじゃないかと心配になってきた頃になって、どこからか、パタパタと走ってくる足音が聞こえてきた。


鼻をすするのをやめて、耳を澄ましてみると、探していたうさ耳の宇佐見君が目の前を駆けていくのだから、涙も引っ込むってものだ。


宇佐見君は、さっきまでなかった白い手袋とふさふさの扇子を手にしていた。


「ああ、もう。これ以上待たせたら破裂するに決まっているのに、こんなことになるなんて」


忙しいのか、気づかれないまま素通りされそうになって、予定とはぜんぜん違うのだけど、おもいきって話しかける勇気を絞りだした。


「あのっ!」


私のこと、覚えてる?

そう聞きたかったのに、大きさが変わったせいで、会話をするどころじゃなかった。


宇佐見君は、私を認識した途端に耳を尖らせて驚き飛び上がった。


そりゃ、そうだ。

今の私は巨人族。


おかげで、脱兎の見本さながらに走り去られた。

何が悲しくて、初恋の君にビビられなくちゃいけないのか。


「うぅ、また泣きたくなってきた」


未練がましく追ってしまう宇佐見君の残像から無理やり目を離すと、すぐそこに手袋と扇子が落ちていた。


「これを拾ったら、シンデレラみたいに持ち主と再会できたらいいのに」


ミニチュアな落とし物を、注意深く、慎重に指の先でつまみ上げる。

拾った瞬間に壊してしまえば、シンデレラは灰をかぶったままだ。


「ああ、うさデレラ。これは、あなたが落としたた手袋と扇子ですか? なんちゃって。どうせ、見つかりっこないに決まっているけど」


はあ。

相手のいないごっこ遊びは我に返ると虚しくって、なにげなく精神ダメージが大きい。


鼻をぐずぐすいわせて、それでも間に合わないくらい汁々で、最後には拾った手袋を鼻紙の身代わりにしてしまおうかと迷ったところで、ハッとした。


「この手袋、こんなに大きかったっけ?」


事実としては、こちらが小さくなったのだった。

しかも、すでに、さっきより小さくなっているだけでなく、まだまだ小さくなりそうだ。


「もしかして、扇子のせい?」


慌てて、しがみついている状態の蛍光ピンクな扇子を手放した。


「なんて恐ろしい」


あのまま掴み続けていたら、塵芥より小さくなっていたに違いない。

そうなったら、自分でも自分を見失ってしまいそうだ。


「とにかく、望み叶って縮んだわけだから、今度こそ、あのお庭に行けるわね」


気を取り直して上を向いたら、すぐに絶望のどん底に叩き落とされた。


小さな両手を眺め、次に、さっきより見上げなくては見えてこないガラスのちゃぶ台に目を向ける。


「鍵って、まだ、あの上よね……」


前より縮んでしまったので、ガラスのちゃぶ台の足に腕を巻きつけることさえままならなくなってしまった。


「なんて、うっかり!!」


自分至上、なかなかの八兵衛さん具合いに落ち込んでいたら、更に重ねたうっかりで足を滑らせてしまった。

最低なことに、転がった先は塩水の中。


足のつかない水たまりで、あっぷあっぷしながら平泳ぎをしていると、どこで泳いでいるのか閃いて嫌になる。


「これ、私の涙だわ」


真実、自分の涙で溺れるなんて、笑うしかない。

実際には、泳ぐのに必死で、笑うどころじゃないのだけども。


じゃぶん。


辺りに何かが飛び込んだ水音がした。

どうやら、涙池に落ちた仲間が増えたらしい。

近づいてみれば、まあるい耳にちょろりとした尻尾のある少年だった。


「ねえ、君。君って、ねずみ君でいいのよね。私、服のまま、泳ぐのって得意、じゃなくって。どこか、上がれる、場所を知らない?」


平泳ぎで水をかくリズムに合わせて話しかけてみても、ねずみ少年は泳ぎに一生懸命で返事をくれそうにない。


「ねえ、ねえってば。そこの、猫かきが上手な、ねずみ君」


今度は、こちらが驚くほど俊敏に反応された。


「ええと、私の声が、聞こえている、ってことで、いいのよね」


「聞こえているかだって。もちろん聞こえているよ。それより、まさかとは思うんだけど、いま、お姉さんは猫かきって言った?」


「あの、いいえ、もちろん違うわ。猫じゃなくて、犬よ、犬。正しくは、犬かきが上手な、ねずみ君よ」


「なんだって! 猫でもひどいのに、咥えて犬だって!? 信じられない!! なんて、恐ろしい悲劇だ」


ねずみ君は、とんでもないことを聞いたように水の中でぶるると震えた。


「あ、あのね、ずみ君。もしかしたら、なのだけど、私、ひどいこと、を、言っちゃっ、たのかしら」


「ひどいもひどい、大災害だ。そんなこともわかってないなんて、びっくりだ。いいよ、ついて来て。ネとイの奴が、どんなに最低なのか、僕がたっぷり教えてあげるから」


年下に怒られながらも、とりあえず、この塩っからい災害から逃れられそうなのはありがたいので、鞭みたいな尻尾の後ろについていった。

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