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誘惑の国のアリス  作者: 乙女ちっく工房
3/20

私は落ちる 落ちるは私

「きゃー!!」


めったにない悲鳴が出た。

なにせ、生命の危機だ。

私は気持ちよく地面の穴に落ちていった。


重力には逆らえないので、叫ぶくらいしかできることがない……はずなのに、息継ぎをしないと悲鳴が続かなくなった頃になって、はたと気づいてしまった。

一向に、底につく気配がしないことを。


縦に景色がスクロールの、ずいぶんゆっくりな不自由落下をしてるらしい。

おかげで、周りを充分に観察できそうだ。


上はいくら見上げても真っ暗闇なだけで、それ以外だと井戸っぽい丸い筒の中を落ちている状況が判明。

筒状の壁はアンティークらしき棚が何段も積み重なっていて、有効に使われている気配がしない。


本が詰まっている次の段にはカラフルな食器が重ねられていて、棚の柱にも画鋲やフックで色々なものが吊るしてある。

気になって手に取ってみたら、それは手錠だった。

そのまま放り投げて、下の人に迷惑をかけても大変なので、適当なところに力いっぱい引っかけて見なかったことにする。


一体、誰が何に使うのだろう。


ともかく、最初はビクビクしながらも物珍しく眺めていられた棚達も、悲しいかな、人間はどんなことだって慣れてしまう生き物にできてた。

生命の危機でさえも、長く続けば退屈に成り代わる図太い神経を持っている。


と、油断していたところで、どすんとお尻が底についた。


幸い、落ちた下はイグサの山だったから、むっとする青臭い匂いに包まれただけで、骨折することなく助かった。


改めて落ちた穴を見上げてみるけど、やっぱり暗いだけだった。


「どうしたものやら」


途方に暮れて前を向いたら、どこかに通じてそうな道をうさ耳の宇佐見君が走っていく背中が見えて、慌てて立ち上がった。


「ちょっと待って!」


ここは何を考える間もなく、追いかけるの一択だ。


宇佐見君を熱烈ストーキングしながら、妙なことになってるなと考えてしまう。

同じクラスだった時は、同じ教室にいるくせにこっそり眺めている専門だったのに、今になって必死に追いかけているなんて、滑稽すぎるんじゃなかろうか。


だけど、それは余計な心配だった。

まぬけなことに、角を曲がると宇佐見君の姿がなくなっていたから。


「うそぉ……」


息を整えて辺りを見回すと、細長くて奥行きのあるホールに出ていた。


窓がないホールは天井に釣り下がったモダンなランプが照らしているから不自由はない。

代わりに、秘密道具めいたピンクのドアがずらりと並んでいた。


「このどれかから、外に出たとか?」


まだ追いつけるだろうかと片っ端からドアを開けてみるけど、どれもこれもことごとく開かなかった。


「っもう!」


苛立って腰をぶつけてみたけど、痛みが骨身に染みただけだ。

ぐすん。


カシャン。


「ひっ!?」


不意打ちに華奢な音が聞こえて、ドキッと寿命が縮んだ。

たぶん、五秒くらい。


振り返ってみたら、さっきまで何もなかったはずのところに、ガラスのちゃぶ台が置いてあった。


「いつの間に……」


おもいっきり怪しみながらにじり寄ると、ちゃぶ台の上に小さな金色の鍵が乗っかっていた。

おもちゃみたいな大きさで、明らかに、どのドアにも使えなさそうだから、がっかりだ。


走り疲れと相まって、怪しさ満載を棚上げに、ぺたりと座って休憩させてもらおう。


ちゃぶ台に肘をついて、もったり凭れていると、下がった目線の先に小さなドアを発見した。


リカちゃん人形にぴったりな大きさ。

これなら、ちゃぶ台の鍵でも開くかもしれない。

いそいそと立ち膝で歩いて鍵を挿し込めば、ぴったり嵌まった。


指でつまんでドアを開けると、イングリッシュガーデン! と唱えたくなる綺麗な世界が広がっていた。


「わあ、素敵」


咲き乱れる花壇に、キラキラ輝く水面の噴水。

脇には整備された散歩道があって、そこを歩いたら、どんなに癒されるかわからない。


だというのに、スケールが違いすぎた。

ドアに頭さえ通らないのでは話にもならない。


「こんな庭があるなら、小さくなるカプセル薬でも用意しといてくれたらいいのに」


無茶ぶりな苦情をぼやくと、次にちゃぶ台を見た時には小さな瓶が乗っかっていた。


この際、さっきまでなかったという常識は置いとくとして、問題は瓶の首に括られたラベルだった。


「私を飲んで……って、怪しすぎでしょ」


そうは言っても、走り回った後だから、体が水分を欲している。


「うーん。毒、ってわけじゃないわよね。うん、とっても美味しそうな色だし。大丈夫よ、あなたは毒じゃない。いいわね」


効果のほどはともかく、瓶に、よくよく言い聞かせてから飲み干した。

味はパイナップル入りの酢豚みたいな感じ。


「おいしくはなかったけど、異変もなしね。お腹を壊さなかっただけ、よかったと思うべきかしら」


タダでゲットした飲み物に過剰な期待をしてはいけないと反省していたら、むくむくと変な気分になってきた。


「やっぱり、飲むんじゃなかったかも」


体がむずむず、しゅわしゅわしてる間に、立っているはずの私が、ちゃぶ台を見上げていることに気づいて叫んでしまった。


「私、縮んでる!?」


あっちょんぶりけで驚いて、「どうする、私」とパニクってみたって、どうしようもない。


「はははー。今なら、あの庭にも行けちゃうサイズだわぁ」


現実逃避で笑ってみたら、地味に、それも悪くない気がしてきた。


「あ。でも、鍵が……」


金色の鍵をちゃぶ台の上に戻したのを、すっかり忘れてた。

子どもの頃から戸締まり習慣はしっかり身につけてるので、ミニミニ扉もきっちり閉めてきている。


ちゃぶ台に近寄ってみるけど、天板はジャンプしてもギリギリ手の届かない高さで、思っているより小さくなっているのかもしれない。

どっしりした太い足に抱きついたところで、つるつるしてムダ毛がないから、よじ登ることもできそうになかった。


「成長した実感がないって思ってたけど、まさか、お子様以下を体感しちゃうなんて」


しょうもないことを嘆いていたら、しがみついているちゃぶ台の足の裏側に何か置いてあった。


「箱?」


いかにも甘いものが入ってそうな、持ち運びに便利な紙箱。

開けてみると、ホールケーキが入っていて、ブルーベリーやラズベリーで『MEをおたべ』と書いてある。


いかにも怪しげ。

それでいて、とっても美味しそう。


緊張しすぎて、朝からほとんど食べてなかったから、お腹が可哀想な悲鳴を上げて訴えてくる。


「わかったわよ。いいわ。お望み通り、食べてあげようじゃないの」


胃袋の意向により、食器がないから鼻にクリームがつくのも気にしないで、豪快に丸ごとかじりつくことが舌舐めずりで直ちに決定された。

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