オープニング
「やっぱり、来るんじゃなかったかな」
小洒落た建物を前に、私は早くも後悔していた。
初めて受け取った同窓会の誘い。
爽やかなアオハルの思い出もない私は、これっぽっちも行く気がなかったというのに、前後して送られてきたメールに、うっかり乗せられてしまった。
[お前の初恋の宇佐見、行くってさ。かっこよくなってるから、ひやかし気分で参加してみれば]
送ってきたのは幼稚園からの幼なじみ、千紗だ。
出会った頃の千紗は私より華奢で、大人しくて、人見知りする男の子だった。
ところが、向こうが引っ越しして(とはいっても、同じ町内だから学校は変わらなかったけど)から、にょきにょきと育ってくれて、今となっては見上げなければ会話にならない差がついた。
反対に、私は昔の千紗がうつったみたいに物怖じする小心者になった気がする。
だから、同窓会に誘われたって楽しめないのはわかっていたのに、唯一の甘酸っぱい記憶を引っ張り出されて、つい出席の返事をしてしまった。
「失敗したかも」
それでも、千紗に出るって連絡したからには、顔くらい出さないと何を言われるかわからない。
情けない気分でもう一度、映えそうな建物を見上げてから、自分の格好を見下ろしてみる。
これでも、とっておきのワンピースを選んだつもりだ。
水色の、胸元に絞りが入ったフェミニンなふんわり生地のスカート。
裾からレースが覗いているのがポイントで、選んだ理由の一つにウエストの線が出ないという良さがあるのは、なけなしの乙女心で秘密事項だ。
「仕方ない、行くか」
覚悟を決めると、背伸びしたヒールを鳴らして扉を開けた。
家を出る前にもぐずぐすしていたせいで、開場時間はとっくに過ぎている。
案内板に従って通路を進めば、目的のホールを見つけられた。
会場の広間から、楽しげなざわめきが聞こえもれている。
「よし!」
両手を握りしめて気合いを入れていると、視界の端を誰かが横切った。
つられて顔を向けたら、知っている人だったから息が止まった。
本当に止まったら大変だけど、それくらい、びっくりしたってこと。
「宇佐見君!?」
千紗のメールに嘘はなかった。
袖の部分に刺繍の入ったお洒落なシャツに、ワインレッドのベストを合わせて、前髪を軽く上げている宇佐見君はパッと見でもかっこよかった。
「やっぱり、来てよかったかも」
一瞬で後悔が吹き飛んだものの、宇佐見君は胸ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認すると、会場のホールとは反対側に走り出していった。
この距離で迷っているはずもないけど、気になって追いかけてみる。
宇佐見君に続いて角を曲がると、突き当たりには関係者以外立入り禁止の鎖つきポールが通せんぼしていた。
さすがに止まるだろうと足をゆるめたら、そのまま鎖をぴょいと飛び越えたから、ぎょっとした。
うさぎみたいに飛び跳ねた宇佐見君。
一瞬、長い耳まで見えたような気がしたのだけど、確かめようがなかった。
なぜだか、ぷっつりと姿が見えなくなってしまったから。
焦った私も鎖を越えてみたら、そこから先は、もう真っ逆さまだった。




