しゃるうぃダンス?
「えっと、はじめまして。私はアリスよ」
岩に寄りかかって、背中を丸めている偽海亀に泣きやむ気配がないので、しくしくの背中に向かって自己紹介をするしかなかった。
「おい、偽海亀。この子が、お前の身の上話を聞きたいんだってさ」
グリフォンの紹介に、偽海亀がわずかに顔を上げた。
ものすごく不審者を見る目つきだけど。
「あの、あなたが嫌なら、無理にとは言わないけれども……」
しばらく、じっとり観察されてから「いいよ」と返された。
「君が、そんなに聞きたいのなら教えてあげるよ」
偽海亀青年は憂鬱そうに口をひらいた。
「僕は昔からこんな風だから、いつも最適ないじめの的だった。ここには浦島太郎も乙姫様もありゃしない。お前はドジでのろまな亀だ、亀なのに掬いようがないって罵られる。ひどいもんだろ」
偽海亀は自分で言った言葉に傷ついたらしく、体育座りでいじけてしまった。
なんだか、私がいじめているみたいで居心地が悪い。
「あの、よければ、別の種類の身の上話はないのかしら。たとえば、そうね、あなたの趣味とか」
「……す」
「え、お酢? それともメスかしら?」
「その、ダンスを少々です」
「まあ。それは明るくて、健康な趣味ね。ぜひ見てみたいわ」
「本当に?」
「ええ、もちろん」
踊りなら、ゾンビになりきられても、それほど暗くならずに見ていられそうだ。
すくっと立ち上がった偽海亀は、懐から扇子を取り出してなめらかに広げた。
♪ 擬音聖者の金の声、所業無情の喘ぎあり。艶送受の花の密、乗車必須の断りを匂わす。奢れる者も陽差しからず、唯張るの夜の夢の五都市。猛き者も対には纏わぬ、一重に風邪の前の鬱に同じ。
繰り広げられたのは、日本舞踊っぽかった。
馴染みがなくて、ちっともわからなかったけど。
「ねえ、どうだった?」
「ええっと、とっても風流だったわ」
期待に満ちた目で見つめられては、よいしょするしかない。
また、めそめそ攻撃されては敵わなかったから。
「だったら、君にも教えてあげる」
「へ?」
ありがた迷惑を断る暇もなく、手取り足取り腰をさらわれ、なすがままに振り回される。
「教えてくれなくても大丈夫。私は、見ただけで充分だから」
頑張って訴えると、手頃な岩場で解放された――と思ったら、続いて偽海亀が覆いかぶさってきて驚いた。
「こんなに寄り添ってくれたのは君が初めてだ。僕は見てるだけなんて物足りない。もっと、君を感じさせてほしいな」
偽海亀は潤んだタレ目で弱々しい上目遣いなのに、足腰はがっちり固定して迫ってくる。
「ちょっと、なんでこうなるの!?」
必死に抵抗していると、すっかり存在を忘れていたグリフォンが教えてくれた。
「そいつは草食に見えて、ガツガツの肉食だからな。学校じゃあ、めそめそを慰めてくれる子達に躍りを披露しては片っ端から食い散らかしてくもんだから、こんなところに追いやられたんだよ。だから、偽海亀って呼ばれてるわけさ」
「そんなの聞いてない」
「そりゃそうさ。君には初めて言ったんだから」
ろくでもない案内人に腹立てる間にも、偽海亀はワンピースに隠された秘宝の山に手をかけようとしてくる。
「もう、なんでもいいから助けなさいよ」
「えー」
「えーじゃない。助けないと……」
「助けないと?」
お后ちゃんじゃあるまいし、ちょん切ってやるとも言えなくてピンチに追い込まれていたら、天の声が聞こえてきた。
「裁判が始まるぞー」
どこからどう聞いても千紗の声だ。
見上げてみれば、猫っぽい口だけが浮いていて、にやにや笑いながら消えてしまった。
だけど、さっきまで高みの見物をしていたグリフォンが勢いよく腕を掴んで、連れ出してくれた。
「そりゃ、見逃せない。すぐ行こう!」
とりあえず助かったので、なんの裁判かは聞きそびれてしまった。




