ゲートボールは女王のまにまに 弐
短気なお后ちゃんの近くは面倒そうなので、何げない早足で前の方に寄って、探していたうさ耳を発見した。
「宇佐見君」
「アリスじゃないか。君も参加するのか」
「ええ、色々あって、そういう運びになったの。でも、私、ルールを知らなくって」
「それは残念だな。俺は参加者じゃないから、あてにしないでくれよ」
仮にも恋人に対して、ずいぶんな態度じゃないかと思うのだけど、接待に忙しいのか取りつく島もなかった。
「じゃあ、公爵夫人は知らない? 参加してるはずなのだけど」
「しいっ」
これには、宇佐見君が勢いよく振り返って、私の唇に人差し指を押し当ててきた。
こういう時って、自分の唇に当てるものではなかっただろうか。
「夫人は、すでに死刑宣告を受けている」
「えっ、いつの間に!?」
「仕方ないだろ。つるぺたを気にしておいでのお后様の前で、得意げに胸筋を動かして自慢しまくってたんだから」
お后ちゃんの嫉妬は、男の胸板にも発動するらしい。
それとも、マイペースすぎる夫人にイラっとしたからだろうか。
どちらにしても、お后ちゃんは要注意だ。
「皆の者、位置につきや!!」
頼れる人がいないまま広場に到着して、何も聞けずにまごまごしてたら、お后ちゃんの甲高い号令で競技が始まってしまった。
「うーん。ルールは知らないけど、これって、本当にゲットボールなの?」
参加者に配られたのは、こうもり傘とお風呂に浮かんでいるのがお似合いなアヒル隊長。
その上、ゲートは体を張ったホスト従者だ。
半分くらいがお后ちゃんに付き従って、失敗する度に「お前はちょんぱ!」「こやつもバッサリ!」とか聞こえてくる。
「どいつもこいつも、役立たず。さっさと首を刎ねておしまい!!」
宣告を受けたホスト達が前かがみになって青ざめているところを見ると、首というのは男にしかない余計な部分のことらしい。
命ではなく性別を取り上げられるとは、それはそれで厳しい罰に違いない。
「危ない人には近寄るべからずね」
男じゃない私の場合、何をちょんぎられるのかわかったものではない。
そろり、そろりと会場から忍び足で後ずさっていたら、頭の上から忍び笑いが降ってきた。
それが千紗猫なのは構わないけど、お面みたいに顔の表面だけが浮かんでいるせいで不気味なことになっている。
「首から上だけでもいいけど、せめて、立体的に出てきてくれない?」
「わがままだな」
文句で返しながらも、3Dプリンターみたいに後頭部がじんわりと出現してきたから、腕を組んで待ってあげた。
「では、改めて。やあ、アリス。楽しんでいるかい?」
首だけの千紗は、やっぱりにやにや笑ってくれる。
「ある意味ではね」
「お后ちゃんはどうだった?」
「あー、あの子は……」
とんでもない癇癪持ち。
千紗相手だから素直に答えるつもりだったのに、背後にちっちゃな視線を感じたので「とんでもなく素敵をお持ちの立派な方よ」と持ち上げておいた。
視界の端っこで、満足げに離れていくお后ちゃんの姿を見送って胸をなでおろした。
「そこのアリスとやら。誰と話しているのだ」
「あら、王様」
試合中は、お后ちゃんから解放されてるらしい。
「さっきは庇ってくれて、ありがとうございました」
「ふむ。礼なら、ここか、そこか、この辺にキスしてくれたらよい」
「……いたしません」
色白で気弱そうな王様も、ここの住人なだけあった。
「そうか、それは残念だ。して、ここにあるのはなんだ」
「ええーと、ご紹介します。こちら、友人で幼なじみの千紗猫です」
「こらどうも、キング」
見事に雑な挨拶だった。
「お前は猫なのか?」
王様が首を傾げるので、ここの住人から見ても千紗は変わり者らしい。
「しかし、好き勝手に浮いているのは、よろしくないな。早々に処理しておかないと――」
「そこのヘンテコリンな首を盛大にちょん切っておしまい!!」
いつやってきたのか、すぐ後ろで小さなお后ちゃんが堂々たる態度で恐ろしい宣告をしてくれた。
あっという間に、首切り役人とホスト従者がわらわら駆けつけて物騒な雰囲気になったものの、頭しかない千紗猫を頭上に、ああでもないこうでもないと井戸端会議が始まった。
「あれなら、ちょん切られようがないから安心ね」
今ならゲートボールに戻ってもいい気分がして広場に足を向けた。
「何これ」
会場は、お后ちゃんがいなくても、しっちゃかめっちゃかだった。
人間ゲートは少しもじっとしてなくて、参加者の方も喧嘩をしたり酔っぱらったりで、誰が優勢で劣勢なのかもわからない。
そんな中、奥の方できちんと並んでボールを打っている列が見えたので、まともな組もあるのね、と近づいて後悔した。
「あん」「そこ」「あうちっ!」
珍しく動かないゲートだと思ったら、いかがわしい声が景気よくもれていた。
心身に黄色いアヒルをぶつけられて喜び悶えている。
「あれじゃあ、別の遊戯だわね」
すっかり参加する気力が萎えてしまったので、千紗の様子を見てくることにした。
「きー! こやつをちょんぱにできぬのなら、ここにいる全員のを刎ねい!!」
これには、さすがに黙っているのも気が引ける。
千紗のせいでホスト一同が丸っとホステスに鞍替えとなっては可哀想だ。
「あのぅ、お后様。千紗は公爵夫人のところの猫なので、夫人に言い聞かせてもらったらどうでしょうか」
「ふん、よろしい。講釈夫人を連れてきやれ!」
これで万事解決かと思っていたけど、命令されたホスト達が慌てて動き出した頃には、肝心の千紗猫が見えなくなっていた。
「ほんとに自由猫なんだから」
このあと、どうやって後始末をつけるかは、幼なじみとして頭の痛い話だった。




